解放されて2

 一切のウソはなかったけれど子供にしては落ち着きすぎている。

 それが異端審問官の領域にあることとは断言出来ないがこのジという少年には何か秘密があると異端審問官は思った。


 疑いを残した目でジを一瞥して異端審問官はその場を後にした。


「すまないな、ボウズ。


 異端審問官は国でも止められはしない。

 鎖、痛くなかったか?」


「大丈夫です、ご心配をおかけしました」


 わずかに手足が赤くなっているけれどすぐに治るだろう。


「あの堅物も子供相手なんだから少しは配慮してくれればいいもんを……」


 やれやれと頭を振る。

 真面目と表現すれば聞こえもいいが融通が利かなすぎる。


 協力的なのに全身をガチガチに拘束する必要もなかった。


「ジさん」


「はい、何でしょうか」


「膝をつかなくてもよい。


 この場には他に誰もいないので礼儀なんて気にするものでない」


「分かりました」


 無礼講だと王様に言われて本当に礼のない態度を取る馬鹿はいない。

 細かい礼儀は気にするなと言われたし面倒だからやらないけれど最低限の礼儀は保ったまま王様に対面する。


「君に感謝を」


「えっ!


 ちょっ……王様、王様!

 皆さんも止めてください!」


 逆に王様がジに向かって膝をつく。

 とんでもないこと。


 王様が膝をついているのにやめてくださいというのも失礼だし、そのまま受け入れることもまた失礼。

 しかしロイヤルガードの3人は王様を止めることもせずに背筋を伸ばしている。


「今回私の娘を命をとして救ってくれたこと、非常に感謝している。


 本来なら然るべき形で感謝を伝えるべきなのだがこのような形になったこと申し訳ない」


 リンデランやウルシュナが知らなかったようにアユインが王女であることは秘匿されている。

 これはアユインに様々な経験を積ませるためであり、アユインを守るためでもある。


 王女だと知られてしまえば周りの環境は自然なものとはいかなくなる。

 普通の者は気を使い、王女に取り入ろうとする者も出る。


 自然とアユインを引き立てようと周りがするだろうことは予想がつく。

 勉強以外のことも知ってほしいと王様はアユインの身分を隠してアカデミーに入れたのであった。


 もう一つはやはり王女となれば狙う者も出てくる可能性がある。

 アカデミーで常に護衛を身の回りにつけておくことは難しい。


 だから身分を隠していた。


 王女であると意図したことではない。

 仲間や友達としてジはアユインを守ろうとしたのだが過程やその思惑はともかくジは王女を守ったことになるのだ。


 アユインに話を聞いてもジの働きは大きい。

 恩に報いることはしなければならないのだけれど今は状況が悪い。


 戦争の只中であり危険を避けるためにこのままアユインの素性は隠しておこうと考えていた。

 なので大っぴらにジに感謝を伝えることもできなくなった。


 子供たちの誘拐についてはジたちは直接王様が助けに来たのだけれど他の子供たちは王様側の軍がビッケルンに軍を押し進めて救出をした。

 王様がロイヤルガードと直接出向いて救出をしたことも伏せられてしまった。


 どこかの機会でそのことに関しての感謝と謝罪をするつもりだった。

 この審問室なら他の人は入らないしちょうどいいと思った。


「君のことを思い出したよ。


 謀反の時もあの場にいた子だ。


 娘だけでなく、私の命も救ってくれていたのにこのように影の扱いになってしまったことを謝らせてほしい……」


「いえ、いいんです……」


 目立つより目立たないほうがいい。

 取り上げられて変な注目を浴びてしまうことよりは知っている人が知っていてくれたらそれで十分である。

 

 それよりも心臓に悪いから早く立ってほしい。


「今はまだ言葉で伝えるだけのこと許してほしい。


 だがいつかこのお礼は絶対にしよう」


「わ、分かりましたのでお立ちになってください!」


 国に対する忠誠心はないが国を治める王様のことは尊敬している。

 過去では必死に国を守ってくれた人。

 そんな人が膝をついて頭を下げる光景はジにとってあんまりいいものではなかった。


「恩人がそういうならそうしよう」


 微笑みながら立ち上がる王様。

 ジとしてはたまったものではないが、慌てるジの様子に子供らしさを感じて王様は笑っていた。


「良かったら私の娘とも仲良くしてくれ。


 貧民とか平民とか貴族とか、そんな身分に縛られない世の中になることは私にとっても望ましいことだ」


「お、俺でよければ……」


「さあ、こんな陰気臭いところからは出ようか。


 若者はもっと日の光を浴びるべきだからな」


 仲良くしてくれと言っても会う機会がないだろうな。

 前もそんな風に思っていた気がするのだけど王様に促されて審問室から出る。


「ジ!」


「ジさん!」


「おっ、やっぱり無事だったね」


「このバカ!」


「ジ……さん」


 審問室を出るとみんながいた。

 ジが連れて行かれて心配になって無理矢理部屋の前まで押しかけていたのだ。


「ようみんな、久しぶりだね」


 入院していたジはみんなの顔を見るのが久々だった。


 みんな、元気そうだ。


 ラがジの肩に手を回して無事を祝う。

 リンデランは泣きそうになっているし、ウルシュナもそっけないふりをして目に涙を溜めている。


 エは無茶をしたジを怒っているし、アユインは仲良くしたいけどそこまでジを気軽に呼んでいいのか迷いがあった。


 大変な戦いだったけれどみんなを守ることができた。

 魔法陣から解放されたフィオスもジの隣にいたのであった。

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