解放されて1

「君は何者だ」


 抑揚のない声。

 自分の国の王様と3人のロイヤルガードと2人の神官長。


 どの人も過去では会うことも叶わない人たちばかりである。


「その質問は抽象的すぎます。


 何者と言われても俺はジです。

 家名もないただのジ、それが俺の名前で、他には何者でもないです」


 そして異端審問官。

 教会とか神殿の関係者っていうのは大体白い格好をしているのに、異端審問官は黒い格好をしている。


 黒衣の神官と黒い聖騎士が冷たい目でジを見ている。


「なら質問を変えましょう。


 あなたは魔神崇拝者ですか?」


「いいえ」


「あなたは邪術や禁じられた魔法を使ったことはありますか?」


「いいえ、使ったことはありません」


「あなたの魔獣は神の使いですか?」


「……分かりません」


 異端審問官の質問に冷静に答えるジ。


「…………こんなの馬鹿げている」


 ビクシムが吐き捨てる。

 子供を呼び出してやることじゃない。


 まして、子供の全身に鎖を繋いで拘束してやることなのかどうか、不快感と疑問が生じる。


「分からない、ですと?」


「はい。


 ご覧の通り俺の魔獣はスライムです。

 特別な魔物でもなければ話も、何かの意思を伝えてくることもありません。


 仮に何かしらの神の使いだとしても貧民街で育ち、神の御名すら知らない俺では何の神の使いかも分かりません」


「……」


 異端審問官がフィオスを見る。

 怪しい動きをしないように魔法陣の中に入れられ結界に閉じ込められている。


 一見どころか10回見たとて無害で非力なスライムにしか見えない。


「あなたが信奉している神は何ですか?」


「特定の神を信奉してはおりません。


 俺は貧民街に暮らすものです。

 神々のことなどどうやって知りましょうか。


 ですが日々の暮らしには感謝していますので全ての神々に感謝の祈りを捧げることはあります」


 特に不自然でもない答え。


「では、あなたの身に起きたことの説明はできますか?」


「何のことでしょうか。


 私の身には日々様々なことが起きております。


 ……異端審問官様と同じように」


「あなたが生き返ったという話です。


 神の御技としか思えない出来事、神の御力でないのならあなたは何か邪悪な方法を使って生き返ったのではありませんか?」


 ジは今異端者の疑いをかけられていた。


 大神殿で療養していたところにいきなり異端審問官が押しかけてきたのだ。

 鎖で繋がれて審問室に連れていかれると王様やロイヤルガードがいた。


 どうやら誰かがポロッとジが生き返ったことを言ってしまったらしい。

 巡りめぐって異端審問官の耳にも話が入った。


 死者の蘇生は神の領域の話。

 例えネズミだろうと一度死んだものを蘇生させることは出来ないとされている。


 死んだ者が生き返ったという話は、神に愛されたか神を冒涜したかのどちらかだ。


「俺には分かりません。


 ただ何かの邪術の類を使っていないことはあの場にいたみんなが証言してくれるでしょう。


 ならばきっと、神が俺を憐れに思って慈悲をくださったに違いありません」


 フィオスがやったことには違いないけど必ずしも成功することでもない。

 生きて帰ってくることができたのは多少は神様の御恵みでもあったのだと考えておくことにする。


 異端審問官は手に持った水晶を見る。

 ジは事前に魔法を受け入れた。


 ウソをつけば異端審問官の持つ水晶が黒く濁るウソを見抜く魔法である。

 異端審問官の持った水晶は一度たりとも濁ることはなく、綺麗なものであった。


 ウソはついていない。

 フィオスがやったことはジが死んでいる間に起きたことであり、正確には何が起きたのかジは把握しきっていない。


 大体の予想はついていてもフィオスに確認のしようもないので非常にグレーな状態。


「これ以上はいいのではないか?」


 王様が助け舟を出す。


「……そうですね」


 徹底的に身辺を調査した。

 やっていることは普通ではなかったが異常でもなかった。


 それに審問するにあたって王とロイヤルガードまでが証言をすると申し出、審問の場に同席までしている。

 国の権力に縛られない異端審問官といえど一国を敵に回すような真似をしたくない。


 特にこの国は神への信奉が厚く教会や神殿の支援も惜しまない。

 なぜなのか神殿の上の方からは王の機嫌だけは損ねるなと言われてもいる。


 ビクシムはロイヤルガードでありながらあまり宗教関係を好ましく思っておらず敵意にも近い感情を持った目で異端審問官を見ている。


「……今回のことは神の奇跡があなたに祝福を授けたようです。


 慎重を期して拘束したことの謝罪と受け入れてくださったことの感謝を。


 バドン、彼の解放をお願いします」


 黒い聖騎士バドンがジの拘束を解く。


「俺を取り調べするなら悪魔を引き入れてリッチを生み出したビッケルンを調べる方がいいですよ」


 大神殿の中を手錠をつけて犯罪者のように連れていかれたのだ。

 嫌味の一つでも言わせてもらう。


「…………おっしゃる通りです。


 ですがビッケルンは姿をくらましてしまいましたので調べることも叶いません」


「まあまあ、そう目くじら立てることもない」


 ビッケルンのことを突かれると痛いのは国も同じ。

 ビクシムがジの前に割り込むようにして異端審問官との間に入る。

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