過去を知るもの2

「こりゃあ厄介な患者がきたな」


 こんなヤブ医者のところに来るのはそこらの子供かもう手に負えないことになってしまった人かどちらかだ。

 ゴラムは雑にテーブルの上のものを床に落とすとそこに子供を寝かさせる。


 手首を触って脈拍を測ったり胸に耳を当てて心音を確認したりしている。


「もう……死んでるな」


「そんな!」


 冷静に告げるゴラム。

 比較的ケガはなさそうだけどテーブルに寝かされた男の子は呼吸をしていない。


 見覚えの薄い男に持ち上げられて状況を黙って見守る。


 持ち上げられるって何?


 そんな疑問を確認する手段もなく状況は進んでいく。


「ただ方法がないわけではありません」


「それはどんな方法ですか!」


「……これは誰も認めず誰もやりたがらない方法です。


 成功する保証もどこにもありません」


「そ、それでも可能性があるならお願いします!」


「……いいでしょう。


 外に出ていてください。


 まて、お前は手伝え」


 何をするのか親には見せられない。

 ゴラムは見覚えの薄い男を呼び止めて手伝わせる。


「あーと……そこの酒瓶度数が高いやつだからこのナイフにかけてくれ」


「何するつもりだ?」


「一か八か蘇生してみせるのさ」


「蘇生って神でもあるまいし……」


 ゴラムは指示を飛ばして見覚えの薄い男に色々やらせている間に薄い手袋を身につける。


 見覚えの薄い男はゴラムが何をしようとしているのか想像がつかない。

 だって呼吸が止まり心臓が止まってしまった人間は死んでいる。


 神でもなければ生き返らせることはできないし、いたずらに死体を弄ぶことは非常に冒涜的なことだとされるのだ。


 ナイフに酒をかけるのは毒にやられたところなんかを切り落とす時にやるのでそんな用途で使うことが予想できる。

 つまりゴラムは子供の死体にナイフを入れようとしている。


 戦争が終わって時代が変わってもゴラムのやったことは一般に受け入れ難いことだった、気がする。


「お前もこれ着けろ」


 ゴラムは見覚えの薄い男に薄手の手袋を投げ渡す。

 中の手が透けて見える透明な手袋でなんの効果があるのかは分からない。


「見てろ、これが俺が神殿を追い出されることになった探究の結果だ」


 ゴラムは子供の胸にナイフを当てると縦に大きく切り裂いた。

 血やひどい死体は多く見てきたが子供になると少し印象は違う。


 見覚えの薄い男も少し顔をしかめてゴラムのやることを見ていた。

 もうやり始めてしまった以上は止めることもできない。


「ここを掴んで胸を開いてくれ」


「おい……本気で言ってるのか?」


「本気だ、早く!」


「うぅ……分かったよ」


 見覚えの薄い男が手で子供の胸を開く。

 死体を見るだけとは間違っていて、気分は良くない。


 ゴラムは子供の体の中に手を突っ込み何かをしている。


「起きろ……起きるんだ」


 これは生活する場所を変えなきゃいけないと見覚えの薄い男が思い始めていた時だった。


「あ……あぁ!」


 子供が目を覚まして口から血を吐き出した。


「手を離せ!」


 ゴラムが子供の胸から手を抜き取り、見覚えの薄い男を押して回復魔法を使い始める。


 胸を切り開かれた痛みで子供は叫んでいた。

 けれどゴラムが全力を注いだ魔法で傷口はすぐに治り始めて、子供が落ち着く頃にはゴラムは魔力不足で顔が真っ青になっていた。


「俺は……何を見たんだ…………」


 子供はスヤスヤと寝息を立てている。

 死んでいたはずの子供が生き返った。


「お前は、神なのか?」


「俺が神ならそもそも子供が魔物にやられるようなことはさせないさ……」


「何を、したんだ」


「お前の胸では心臓が脈打ってるだろ?


 死んだら心臓は止まる。

 死んだから心臓が止まるのか、心臓が止まったから死んだのか、分かるか?」


 見覚えの薄い男は首を振る。

 そんなこと分かるはずもない。


「俺もだ。


 だから無理矢理心臓を動かしたんだ。

 胸に手を突っ込んで心臓を握りしめる。


 外から無理矢理心臓を動かすのさ。


 そうすると生き返る奴がいる。

 俺たちが死んでいると思っている状態は実はまだ死んでいなくて助けられる可能性があった人もいたのかもしれない」


 この出来事は衝撃だった。

 でもこの話を過去で活かしたことなんか一度もなく、ゴラムは結局異端者として処刑されてしまった。


 これは過去の記憶だ。

 なのにどうして低い視点から、見ている。


 見覚えの薄い男は誰だ。

 いや、過去の記憶なら自分のはずだ……


 じゃあ誰がこれを見ているんだ…………


 ーーーーー


「クボッ……」


「ジ!」


「なんだと!」


「エ……エ!


 ジを治すんだ、早く!」


「分かってる!」


 大人しくフィオスにまとわりつかれたジの死体の様子を見ていたみんな。

 いきなりジの口から血が溢れてきて、フィオスが体内をズタズタにでもしたのかと思った。


 しかしジの目は開き、苦しそうに呼吸をしている。


 奇跡が起きた。


「私は今神の奇跡を目撃したのか?


 それともスライムには人を生き返らせる能力あるというのか?」


「俺にも分かりません。


 確かにあの子の呼吸も心臓も止まっていた。

 回復魔法も効いていなかったのに、今は効いている」


 フィオスはまた少し潰れたような丸い形に戻ってジのお腹の上にいる。

 何をしたのか、それはこの場にいる誰にも分からなかった。


 ただジは死んでいたのに生き返ったのである。


 エの懸命な治療によってジは死の淵から戻ってきた。

 手足の治療までは魔力が足りなかったけれど死ぬことはなくなった。


「みんな……無事か?」


「みんなは無事だよ、それよりもあんたが……」


「そうか、それならいいんだ」


 絞り出すようなかすれた声。

 手は折られているので握ることもできない。


「良くない!


 良いわけないじゃん!」


「分かってる……ごめん」


「謝んないでよ……」


「……ありがとうフィオス」


「まず……私に感謝しなさいよ……」


 みんなが泣いている。

 みんなを泣かせてしまった。


 後で謝らなきゃいけない。


 無事にみんなが助かったことに安堵したジは目をつぶった。

 フィオスが滑り込むようにジの頭の下に入ってきて、枕になってくれたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る