もう一つの戦い2

 やったと思ったのに。

 反動で全身がいいようのない気だるさに包まれて今すぐにでも座り込みたい気分であった。


 驚愕、そして力の差を感じてラの目に絶望の色が浮かぶ。


「いい目をしますね。


 あれは、偽物です」


 いつから入れ替わっていたのか。

 セントスが切り裂いたのはベッダが魔法で作り出した偽物であった。


「ラ!」


 ウルシュナが剣に炎をまとってベッダに切り掛かる。


「ダークソード」


 ベッダは2本の闇の剣を作り出す。

 指を動かして、音楽でも指揮するように闇の剣を動かしウルシュナを相手する。


 空を飛ぶ剣がウルシュナを翻弄する。

 変則的でウルシュナが経験したことのない軌道に防ぐことしかできない。


 まだ経験不足で上手く対応しきれておらず、近づく前に足が止められる。


「アイスアロー!」


 リンデランが魔獣のメデリーズとタイミングを合わせて魔法を放つ。

 メデリーズはいつの間にか回り込んでいて、挟み込むような形になっている。


「ばあっ!」


「いけない!」


 ベッダは近くにいたラの首を掴んで持ち上げる。

 ラを盾にするなんて想像していなかったリンデランは顔を青くした。


 自分の魔法で氷の矢に射抜かれるラの姿が頭をよぎる。

 けれど打ち出してしまった魔法はもう止められない。


「ダークウォール」


 ラに氷の矢が当たる直前、ベッダが魔法で壁を作る。

 貴重な生贄だからこんな風には殺すつもりはない。


「ほーほー、今の顔、傑作だった!」


 焦ったリンデランの顔を見てベッダが笑う。


「ほら、イフリートのお嬢さん、後ろ」


「ウルシュナ!」


「えっ……」


 ウルシュナが振り返ると口の端を吊り上げて笑うベッダが拳を振りかぶっていた。

 一切の手加減のない殴打がウルシュナを吹き飛ばす。


「ん、んー……やっぱり暴力は美しくないですね」


「ふ、2人……」


 ベッダが2人いる。


「さっきトラちゃんがやったのは偽物だって言ったでしょう?


 私の能力は精巧な分身を作ることです。


 あなたたちが相手にしていたのは私の分身なのですよ」


 指を鳴らすとウルシュナを殴りつけたベッダが消える。

 攻撃を防ぐことにもさほど難しくなかったけれどラたちが相手にしていたのはベッダの分身であったのだ。


「分身を倒したのは見事ですが本体も、もう1体分身もいるのです。


 あと少しでしたが残念でしたね」


 さほど残念そうでもないベッダ。


「さあ、どうしますか?


 もう限界も近いでしょう?」


 子供にしては良くやった。

 敵がベッダでなければ十分に勝機もある戦いだった。


 けれど相手が悪かった。

 ラはもう無理をしすぎて動けないし、ウルシュナも殴られて倒れたまま、リンデランも力を使いすぎてひどい頭痛がしていた。


「1つだけ気に入らないのは……」


 ベッダが冷たい目をアユインに向ける。

 怯えた表情のアユインがびくりと震える。


「周りをウロウロウロウロするだけで何もしないあなたです。


 お友達が必死に戦っているのに1人だけ何をしているのですか?」


 アユインはずっと隙をうかがっていた。

 確実に仕留められるその時を待っていたのだけれどベッダは隙だらけのように見えて隙がなかった。


 結果的にずっと戦いの1つ外をグルグル回っている感じになっていてしまっていた。


 ゆっくりとアユインに近づくベッダ。

 抵抗されることよりもなにもしないでただ機会をうかがっているだけのアユインの方がベッダにとっては不愉快な存在だった。


 何かを見透かすような目をしている。

 なぜなのか最も危険な気配がする。


「私の勘は外れたことがありません。


 あなたはきっと生かしておくと厄介なことになる。


 ……惜しいですが1人ぐらい減っても構いませんし見せしめも必要でしょう」


 笑顔も感情もない。

 光の入らない目にアユインは恐怖して動けなくなった。


「死んでください」


「そりゃいけないな」


「……あなた、いつからそこに?」


「その子はこの国の未来なんだ」


 リンデランは見ていたけれど何が起きているのか分からなかった。

 まるで散歩でもするかのように軽い足取りで無精髭の男性がこの戦場に入ってきた。


 異質な存在であるはずの無精髭の男性はあまりにも自然体でこの状況に入り込み、ベッダの隣まで歩いてきた。

 そのまま手を引いて、ベッダの腹を殴りつけた。


 手を引くまではゆっくりとして緩慢な動きに見えた。

 なのに急に殴り終えていて、ベッダが吹き飛ばされていた。


「あ、あなたは……?」


「ひどい状態だな。


 ……だが、カッコいいぞ」


 新しい敵かと思った。

 最低でもベッダに対しては敵であると言える無精髭の男は果たして味方と言えるのか。


 無精髭の男はポーションのビンを取り出すとラの手に握らせる。


「よく耐えてくれた。


 ここからは大人に任せておけ」


 この人は味方だ。


 希望が見え、安心が心に広がり、自然と涙が溢れ出す。


「ヘギウスのお嬢ちゃん、これをゼレンティガムのお嬢ちゃんに」


 今度はリンデランにポーションを2本渡す。


「あ、あなたは……」


「あなたは一体誰ですか?」


 殴り飛ばされたベッダは無精髭の男がポーションを渡して歩く間に起き上がっていた。


「俺か?


 この国にいて俺を知らないとはな……

 まあいい。


 俺はビクシム・チャート。

 王の剣、ロイヤルガードだ」

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