もう一つの戦い1
走る。
情けなくて、親友の悲痛な覚悟を感じてラは泣きそうになっていた。
「どうして!
ジを見捨てないって……今からでも!」
手首が痛いほどに掴んで走るラに抵抗できなくてエもとりあえず走ってはいるけれど今すぐにでも戻りたかった。
「ダメだ!」
ラだって同じようにしたい。
ジが何を考えているのか分からないわけがない。
あいつはローブの男を倒せないなら死んででも時間を稼ぐつもりなのだ。
「だって……」
ラの表情は見えない。
けれど頬を伝う涙が後ろに飛んできて、ラもラで何かの覚悟をしていることをエは察した。
「ラ、避けろ!」
ウルシュナの声が聞こえてきて、ラはエを突き飛ばした。
「おーおーおー、よく気づいたね」
「なんだこいつ……」
全身が黒い。
日に焼けた色ではなくて元々そうであったかのように黒い。
額は大きく盛り上がってツノのようになっている。
人なのかを疑いたくなるような見た目をしていて、妙な圧力を感じる。
「セントス!
全力でやってくれ!」
人と魔獣なら魔獣の方が強いことの方が一般的である。
ならば魔獣が戦った方がいいのではないかと思うこともあるがそうもいかない訳がある。
力には代償が伴う。
魔獣が力を使うとその反動が契約者に返ってくるのである。
「ほーほーほー、なかなかな魔獣だな」
轟音。
吼えるサンダーライトタイガーのセントスが落とした雷がベッダに落ちる。
地面がえぐれて黒く焼けるほどの威力の中で透ける黒い魔力のバリアに包まれたベッダが余裕そうに笑う。
「エ、逃げるんだ!」
「私も……」
「シェルフィーナが手紙を届けてくれることだけが今の俺たちの希望なんだ!」
「エさん、逃げてください」
「リンデラン……」
「早く!」
「ウルシュナ……」
「いくぞセントス!」
剣を抜いてラがベッダに向かっていく。
「ヴェライン!」
「メデリーズ!」
ウルシュナの魔獣である火の上級精霊イフリートのヴェラインとリンデランの魔獣であるカーバンクルのメデリーズが呼び出される。
魔獣だけをみるなら相当な戦力と言ってもいい魔獣たちである。
「……誰か呼んでくるから!」
エが走り出す。
「セントスあれを壊してくれ!」
雷をまとったセントスの前足がバリアを叩きつける。
「ダークボム」
狙い通りバリアが割れた。
けれどベッダはあえてバリアを破壊させたのであった。
手のひらぐらいの大きさの黒い魔力の塊。
割れたバリアから飛び出してきてセントスの前で爆発した。
「ぐうっ!」
セントスが爆発で吹っ飛び、契約者でもあるラにもダメージの一部が伝わる。
魔獣であるセントスとの繋がりが強いラはセントスがダメージを受けてしまうとラ自身にも伝わってくるのだ。
それに加えてセントスが力を使った反動がラを襲った。
頭を鋭い痛みが走りピタリとラの動きが止まった。
こんなに力を一気に使ったことがないので魔獣からの反動の大きさにラも驚いた。
「魔獣はこれがあるから厄介ですよね?」
ちょっとそこらでも歩くような軽やかさでラの方に向かうベッダ。
「ファイアーアロー!」
燃え盛るような赤い二足の獣が炎の矢を放つ。
「くっ……」
荒々しいイフリートは自分の引き出せる力ギリギリまで使って大量の火の矢を生み出した。
ベッダをこれ以上ラに近づかせてはならない。
イフリートが力を使ったために反動でフラつくウルシュナ。
「ダークソード」
ベッダを囲むように10本の闇の剣が生み出される。
それぞれの闇の剣が意志を持つように動いて炎の矢を切り落としたり防いでいく。
「フリーズグラウンド」
「ほー?」
「メデリーズ、アイスキャノンです!」
通常のカーバンクルと違って額の宝石が青いメデリーズ。
魔法使いタイプであるリンデランは2人よりも少し魔法に対する耐性が高く、強めの魔法を使える。
リンデランの手のひらほどの氷がメデリーズの前に発生し、みるみると大きくなる。
あっという間にリンデランの身長ぐらいの大きさになった氷の塊がメデリーズによって発射される。
「ダークボール」
「ウソっ……」
魔法としてはダークボールの方が格が下の魔法になる。
なのにリンデランのアイスキャノンはダークボールに飲み込まれて消滅してしまった。
「うわあぁぁぁあ!」
諦めない。
立ち直ったラとセントスが後ろからベッダに襲いかかる。
「シャドーウォール」
ベッダの影が伸びて壁になりラの剣がむなしく影の壁に当たって甲高い音を立てる。
セントスの心配する気持ちが伝わってくる。
これ以上力を使えばラの体が持たないとそう言った思いがあることはラにも分かっている。
でもやらなきゃ結局この先に未来なんてないのである。
ラの頑なで強い意志にセントスが応じる。
口から雷を放って影の壁を吹き飛ばす。
「まだ……まだだ!」
ここで終わってはダメだ。
もう一度攻撃するようにセントスに命令する。
雷をまとうセントスの前足がベッダを切り裂いた。
「うっ……」
限界を超えた反動がラを襲う。
ひどく頭が痛み、たらりと鼻から血が流れる。
「おーおーおー……大丈夫ですか?
死なれたら困りますよね」
「な、なぜ」
ベッダはセントスが切り裂いたはず。
なのに心配そうな顔をして鼻血を垂らすラを横で覗き込んだのはベッダだった。
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