未来を守るんだ7

 顔がえぐれたと思った。

 悪魔の男が足元のフィオスに気を取られなければ頬の痛みどころでは済まなかった。


 これまでは殺さないようにとの手加減を感じさせるものであったのに今の1発は明らかに命がどうなろうと関係ない破壊力を秘めていた。


(集中しろ!)


 例え大人であっても一撃で倒されてしまいそうな威力。

 今度は逆に大きく魔力が動いているけど、動きが早すぎて先読みしても紙一重である。


「くっ!」


 あんな高威力の拳を振り回し続けたら体にも負担がかかるはずなのに悪魔の男は平然と攻撃を続ける。

 かするだけでも体に痛みが走る。


「こっちだって!」


 ジは悪魔の男の拳に合わせて剣を振り抜いた。

 これまでジは魔力を込めた斬撃を使ってこなかった。


 切り札であるし胴体は普通に切れる、警戒されて遠距離で魔法でも使われたらそれこそジには勝機がなくなるからである。

 確実に使うべき時に使うつもりであったけれどもうチャンスを待っている余裕がない。


 振り抜いたジの剣は悪魔の男の右手を切り飛ばした。


 しかしジは相手の異常さというものを完全に見誤っていた。

 相手の手を切り落としたという油断があったのかもしれない。


 けれど誰が予想することができるだろうか。


 切られた手のそのままに腕を振り切ってくるなんてことを。


 何が起きたのか分からなかった。

 目の前が真っ白になって地面に打ち付けたから全身が痛かった。


 耳鳴りがして鼻血が出て呼吸ができないかと思った。


 悪魔の男は悠然とジに近寄る。

 男が日を遮ると視界が暗くなる。

 

 首を持ってジを軽々と持ち上げると口の端を歪めで悪魔の男は笑った。


「感謝しますよ」


 水の中にでもいるように声が変に聞こえる。

 首をもたれているので苦しいけどみじろぎすることもできない。


「な、なにを……」


「ふふふ、ようやくこの体を手に入れることができました。


 あと一押しあと一撃とあなたのことを応援していましたよ」


 訳の分からないことを言う。

 ぼやけた視界が段々とハッキリしてきて、悪魔の男の姿が何重にも見えるぐらいには回復してきた。


 目が理性的だ。

 先ほどまで視線が定まっていない瞳孔が開いたような異常な目をしていたのに、今は穏やかで感情がコントロールされている。


 完全に狂ってしまったか。

 それともまさか。


 考えたくもない予想が頭をよぎる。

 体は痛くて動きはしないのに頭だけはハッキリとしていて、体の動かない分頭が動いているような感じがある。


「あ、悪魔……か」


 掠れる声で口に出した言葉に悪魔が裂けたように口の端をあげて笑う。


「頭の良い子だ……


 この男にも君を誘うように囁いたけど本当に惜しい……」


 名前も知らない男は悪魔に体を乗っ取られてしまっていた。

 悪魔の言葉によるとジが手を切り飛ばしたことがきっかけだったようだ。


 少しずつ態度がおかしくなってきていたのも悪魔が体を乗っ取ろうとしていたからであった。

 やはりただで悪魔も契約などしてくれるはずないと思ったのだ。


 代わりに体を乗っ取られるだなんて死んでも嫌に決まっている。


「ここまでやるとは思っていなかった。


 私の予想を遥かに超えて君は頑張った。

 だから敬意を払おう。


 魔力が少ないので殺してしまおうと先ほどまで思っていたけれど生かして、立派な生贄としてあげましょう。

 光栄に思いなさい」


 生贄にされることのどこに光栄に思える要素なんてある。


「これまでの君の行動は私も知っています。


 諦めず、最後まで逃げようとする姿勢は素晴らしい。


 ……だから」


 悪魔の魔力が体の表面を伝い、右足に集まる。

 次の瞬間鈍い音がして、痛みが頭を突いて、足が折れたのだと分かった。


「〜〜!」


「逃げないように骨を折っておきましょう」


 悪魔は愉快そうに笑う。


「なんと、声も上げませんか。


 確かに私は悲痛に叫ぶ方がお好みですけど必死に耐える姿も嫌いではないですよ?


 抵抗できないように腕も折っておきましょう」


 今度は右腕に魔力が集まる。

 腕が曲がらない方にいとも簡単に曲がって激しい痛みがジを襲う。


 叫びたい。

 痛いと喉が張り裂けんばかりに声に出したい。


 だけど悪魔の思う通りにしたくない。

 あるいは興味を失うような、興味を持たれすぎるようなことはしてはいけない。


「いい……実にいい」


 叫んでも叫ばなくても悪魔は恍惚とした表情を浮かべる。

 友達のために自らが犠牲になり、足も腕も折られても叫びもしない。


 悪魔的に素晴らしい。


「あぁ……素晴らしい……


 自殺でもされてはかないません。


 叫ぶことは舌がなくてもできますよね?」


「フィオス……」


 口に魔力が集まってくる。


 このままでは舌を切り取られてしまう。

 もしくは捻り切られてしまう。抜き取られてしまう。


「口を開けてください。


 でないと舌を飲み込むことになってしまいますよ」


「ソードモード……だ」


「ん?」


 最後の気力を振り絞ってジは左手を突き上げる。

 鉄のように硬化したフィオスは出来る限り先を尖らせてジの左手にまとわれていた。


 悪魔の胸を貫くフィオス。


「最後まで……諦めない…………」

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