未来を守るんだ8

 胸を貫かれた悪魔は驚きを見せた。


「おやおやおや……」


 しかしそこにダメージを感じさせはしない。

 普通の人なら死んでいる攻撃を受けて悪魔は笑っていた。


「武器を持っていた右手を使えなくすれば十分だと思いましたが甘く見ていましたね」


「ゔぅっ!」


 左腕に悪魔の魔力が集まってくる。

 ボキリと音がして左腕が折れて思わず声が漏れる。


 悪魔の胸からフィオスが抜けて、だらりと左腕が垂れ下がる。


「本当に諦めないのですね。


 1つ、良いことを教えましょう。


 悪魔を殺したいなら心臓ではなく頭を潰しなさい」


「なら……頭出せよ」


「ふっふっふっ、やれるものならやってごらんなさい。


 それともう1つ、今度は悪いことをお教えしましょう」


 ジに顔を近づける悪魔は余裕の顔を崩さず、いつジが精神的に落ちるのか楽しみにしていた。


「私には仲間がいます。


 私がこうしてあなたと遊んでいる間にも……きっとあなたのお仲間は捕まっていることでしょう。


 …………意外ですね?」


 絶望が目に浮かぶと思った。

 1番厄介そうなものを引きつけその間に他の子供を捕らえる。


 ジは悪魔を1人で足止めしているつもりだったが悪魔もまたあえてその思惑に乗っかっていたのだ。


 ただジには絶望は見えなかった。

 悪魔を睨みつけ、歯を食いしばって痛みに耐えていた。


 頭の中ではみんなが捕まってしまっている悪い想像が膨らんでいた。

 もうどうしようもない、行き止まりに追い詰められたかのような黒い感情が胸の奥に重たくのしかかっている。


 でもみんなもただじゃ起きない子たちばかりだとジは信じている。

 エはラに任せたし、リンデランやウルシュナも子供とは思えないほど強い。


 アユインだって冷静に周りを見ているし、悪魔の仲間の実力が如何程のものかは不明であるがもしかしたら倒してしまうぐらいのことだって考えられる。


 前向きな考えと後ろ向きな考えが頭の中でぶつかる。


「まあそろそろあなたと遊ぶのも終わりにして、逃げた子供たちを回収しに行きましょうか。


 他のところが魔力不足だったからよかったものの、このような失態他にはバレたくありませんね」


 悪魔の魔力が顔に集まってくるのが分かる。


「やはり舌は抜いておきましょう。


 その方が私も安心ですので」


 口元に魔力が集まり、舌が抜かれる痛みに備えてジは目をつぶった。


「なに?」


 来たのは舌を抜かれた痛みではなく、体が地面に激突する痛みだった。

 

 目もつぶっていたし足も折れている。

 無様に転がったジは頭を打ち付けて痛みに悶える。


 何事かと目を開けると悪魔の左腕が消し飛んでいた。

 残った左手は未だにジの首を掴んだままで悪魔も目を大きく見開いている。


「すまないがその子をこちらに渡してもらおうか」


「あなた何者ですか?」


「はっ、人に名前聞く時はまず自分から名乗るのが礼儀ってもんだぞ?


 まあいい、俺はビクシム。


 1度しか言わんからよく聞け。

 さっさと降伏して、その子から離れろ」


 ビクシムと名乗る男は悪魔に剣を向けた。

 いつからいたのかジにも悪魔にも分からなかった。


「嫌だと言ったら?」


「別に言うのは構わないがお前もこうなる」


 ビクシムは左手に持っていた布の塊を投げる。

 地面にバウンドして布がはだけて中身が見える。


「ベッダ!


 ……貴様!」


 それは人の頭、いや悪魔の頭だった。


 悪魔と似たような黒い肌に赤い瞳で額にツノの生えている頭。

 驚きに見開かれたままのような目が悪魔のことを虚に見つめている。


 あれが悪魔の言う仲間であることはジにも分かった。

 こちらも悪魔と契約して力を得ていたはずだから相応には強かっただろう。


 なのにビクシムには傷1つない。


 このビクシムという名前どこかで聞いたことがある。

 それにあの無精髭にやや四角い顔立ちもどこかで見た気がする。


 地面に落ちて折れた手足がひどく痛んで思考が邪魔される。

 思い出したいのに痛みのせいで上手く頭が働かない。


 ベッダという悪魔の頭を見てワナワナと震える悪魔。

 ジの挑発にも余裕を見せていたのに仲間の死は悪魔でも怒りを覚える。


「殺してや……」


「口より手を動かせ。


 ただお前手も無さそうだけどな」


 見えなかった。

 悪魔の動きでも一応ギリギリ見えていた。


 その上外から見ていたのにいつ接近して、いつ切ったのかジには捉えることが出来なかった。


 ピッと縦に線が入りゆっくりと悪魔の体が2つに分かれる。

 恐ろしいほど鋭く、切られた本人ですら分からない斬撃であった。


「おい、大丈夫か?」


「み、みんなは?」


「こんな時に他の奴の心配かぁ?

 出来た子だな。


 みんな無事だ。

 まだちょっと予断は許さないが俺が戻りゃ手を出せる奴はまずいないだろうぜ」


「よかった……よかっ、た…………」


「おい、おい!


 なんも良くないぞ!


 くそッ!」


 みんなが無事だったならそれでいい。


 ジはゆっくりと目を閉じた。

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