未来を守るんだ6

 速いが冷静になれば回避できないものでもない。

 どんな生き物であれ魔力を完全にコントロール出来ないのなら攻撃しようと思ったところに多く魔力は流れ込む。


 達人なら微妙な筋肉の動きや呼吸を読んで相手の動きが分かるらしいがジはそこまで卓越していない。

 ただしこれまで修行してきた魔力を読む力は達人の域に達していると言ってもいい。


 悪魔の男は魔力が大きい割にコントロールが出来ていない。

 右手で攻撃しようとすれば右手に、左手で攻撃しようとすれば左手に魔力が集まっている。


 どちらから攻撃が来るのか分かるだけでも回避はしやすい。

 引きつけてギリギリにかわすことは危険なので少し余裕を持ってかわす。


 それだけでも悪魔の男の苛立ちは募り、攻撃は大振りになってきている。


 優先すべきはまずみんなが逃げる時間を稼ぐこと。

 ジに集中すればするほど、ジの目的は果たされるのだ。


「ふ、ふふふっ、ははははははっ!」


「…………」


 狂ったように笑い出す悪魔の男。


 怒りが頂点に達しておかしくなったのかと思った。


「本当に、本当に手を煩わせてくれる……


 スライムが魔獣でなかったのならお前は将来名を残す人物になっていたかもしれないな」


 いきなりの褒め言葉にジが怪訝そうな顔をする。


「どうだ、スライムなんか捨てて、悪魔をお前の魔獣にしてみないか?」


「なんだと?」


「俺の言っていること、理解はし難いだろうが難しく考えることはない。


 魔獣は一生に一度、一体しか契約は出来ない。

 しかし悪魔はそんなこと関係がないのだ。


 今の魔獣との契約は解除になるが悪魔は互いの意志が合致すれば契約することが出来るのだ」


 初耳のとんでもない話。

 こんな話聞いたことがない。


「まさかあんたも……」


「そうだ。


 俺の魔獣は小さくて魔力もほとんどないネズミだった。


 周りには馬鹿にされ役立たず扱いをされていたが悪魔と契約したことによって俺はこんなに強くなれた」


 悪魔の男は凶悪な笑みを浮かべる。

 その魔獣がどうなったのか怖くて聞くこともできない。


「スライムなんて捨てて悪魔と契約をしないか?


 お前のような才能がある者が悪魔の魔力を得られれば世界を見返すこともできるだろう」


「……本当に強くなれるのか?」


「私を見れば分かるだろう?


 私をかつて見下したものは私が……」


「スライムを魔獣にしたガキにも勝てないのに?」


「は?」


「あんたは俺を倒すこともできていないじゃないか。


 なのに強くなると本気で言っているのか?」


「…………このガキ、こちらが下手に出ればつけ上がりやがって……」


「勝手にそっちが下手に出たんだろ?


 俺はフィオスを捨てるつもりはない。

 なんと言われようとも、俺はフィオスと一緒なんだ」


 過去だったら分からないけれど、今は悪魔に魂を売り渡すつもりはない。

 それにフィオスがいなかったら結局今の自分はいない。


 少し強くなれたからと言って調子に乗ってフィオスを捨てるなんてことするはずがない。


「せっかくチャンスを与えてやったのに無駄な時間だったな……さっさと終わらせて全員生贄にしてやる!」


 気味が悪いほど男の瞳が揺れて、ジの挑発によって再び悪魔の男の頭に血が上る。

 しかし襲いかかってくる悪魔の男の攻撃は一旦リセットされて大ぶりではなくなり、素早く鋭くなっていた。


 多少の怪我はさせてもいい、最悪死んでもいいと思い攻撃してくる悪魔の男。

 回避に余裕がなくなり頬や体に浅い切り傷ができ始める。


「いつまでも逃げ回れると思うな!」


「足元にも注意しろよ」


「何を……」


 段々と動きを捉えられてきている。

 しかしジは焦っていない。


 ニヤリと笑うジ。


 ニノサンと戦った時にフィオスは思わぬ活躍を見せた。

 最終的にはフィオスがニノサンを倒したと言っても過言ではない。


 地面にいたフィオスを踏み抜いたニノサンは自分の速さによって飛んでいって渓谷に落ちていった。

 その時はその事についてはあまり考えなかった。


 後にその時のことを思い返した時に意外と使えそうな気がした。

 相手があることなので踏ませるタイミングまで指定することは出来なかったけれどとりあえず敵の足元でうろつくようには指示できた。


 悪魔の男の意識はフィオスには向いていない。

 完全に忘れていて、普通にフィオスを踏んだ。


 足を踏み出した悪魔の男はフィオスのど真ん中を踏んで大きくバランスを崩した。


「だから気をつけろって言ったろ!」


 転びはせずに踏ん張ったけれどジの攻撃まではかわせない。

 体をのけぞらせるがジは胸を大きく切り裂く。


 なぜなのかみんなスライムは警戒しない。

 出したところで完全に舐めきっていてあっという間に意識の外にフィオスは締め出される。


 けれど一度でもフィオスを踏んでしまうとそうはできなくなる。

 常に足元への不安がよぎり、フィオスの姿を視界の端で探し出す。


 胸のダメージも小さくなく明らかに悪魔の男の動きが鈍った。


 ほんの些細なことでいいのだ。

 小さなことでも相手が意識してしまうと動きが狂ってくる。


「クッ……違う、まだ俺は出来る……」


 悪魔の男の瞳が大きく揺れる。


「やめろ……俺の体は俺の……ヤメロ!」


 ぶつぶつと誰かと話すようにつぶやいていた悪魔の男は突如頭を抱えて叫ぶ。


「もう時間がない……」


「チッ……なんなんだよ!」


 再び正気を失ったような目をする悪魔の男。


「コロス……いや、ダメダ」


「はやっ……」


 反応できない速さで拳が目の前に迫っていた。

 ノーモーション、魔力の移動もなく、うつろな目をしたまま悪魔の男はジに殴りかかった。

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