どんな苦境でも5

「んでさ」


「なに?」


「食べ物買ってくるなんて言ってたけどお金とかあるの?


 まさか……盗むつもり?」


 3人で町に向かう。


「いくら落ちぶれたってそんなことはしねーよ」


 貧民街で暮らしていた時だって盗みは働いたことはなかった。

 他の貧民の子ならそうしてその日を生き抜く子供もいたけれどジは過去も含めてそんなことをしたことはない。


 今もそうで盗みをするつもりなんて毛頭ない。


「じゃあどうすんのさ?」


「金ならあるからな」


「えっ?」


 答えは単純。

 真っ当に購入するつもりなのだ。


「金なんてどこに……」


「ほれ」


 ジはエに小さい袋を投げ渡す。

 ずっしりとした重さがあり、キャッチした瞬間金属が擦れる音がした。


「これって……」


「お金だよ」


 さも当然と言った表情のジ。

 エが中を確認するとちゃんとお金が入っている。


 普通に買い物するぐらいはなんてことのない金額が袋の中にはあった。

 ジは稼げるようになってからというもの常に現金をそれなりに持ち歩くようにしていた。


 お金でどうにかなることは意外と多い。

 悪人を相手にするときもいくらか握らせれば状況をコントロールすることもできるし、突発的にお金が必要になる状況にも対応できる。


 町の近くでやる訓練だからお金が必要になることはないなんて確実には言えない。

 だからジは懐に常にお金の入った袋を持っていた。


 誘拐されてきたものの武器以外のものには興味がなかったのかお金は取り上げられずに残っていた。

 なのでジも簡単に食べ物を買ってくるなんて言えたのである。


 こんな風に必要になるなんて思いもしなかったけれど備えがあってよかった。

 そうじゃなきゃ本当に盗みに手を出すしかなかった。


「まずは軽く腹ごしらえしてからにしようか」


 状況把握が先と思ったけどそんなことを考える余裕もないぐらいにお腹が空いている。

 頭にエネルギーが回らなきゃ考えもまとまらないので先に食べ物を買って食べる。


 安いパンがこんなに美味く感じられたのは人生で初めてだった。


 みんなの分の食料は荷物になるので町を出る前に買うことにして、ここがどこでどんな状況にあるのかを把握することにした。


 冒険者ギルドがあれば楽だったのだけれどこの町にはなさそうである。

 そこでジは考えた。


「あのぅ、手紙を出したいんです」


 地図があって周りの状況についても情報が入ってくるところで思いついた場所。

 手紙を預かり、配達する郵便所と呼ばれるところにジは行った。


 あどけない子供を演じて受付のおばさんに話しかける。


「手紙?


 どこに出したいんだい?」


「ええと、戦場にいるお父さんに手紙を出したくて」


「戦場にかい?


 それはちょっと難しいかもね……」


 わざわざ戦場にまで個人の手紙を届けはしない。

 そんなことは分かっている。


「お母さんの具合が悪くなっちゃって、お父さんに伝えなきゃいけないんです!」


 うるうると目に涙を溜める。


「それは……大変だね。


 でも戦場にまで手紙は届けられないんだよ、ごめんね」


「じゃあせめて戦場がどこか教えてくれませんか?


 お父さんがどこにいるかだけでもお母さんに教えてあげたいんです。


 お母さんがそれで安心するかは分かりませんがお願いします!」


 おばちゃんの心を動かせるかどうかジはドキドキして返事を待つ。

 子供ながらに父親のいる場所が知りたいというのは、完全におかしな話でもないだろう。


 けれどよく考えてみれば戦場の場所を知ってどうするというのか。

 子供だからで特に疑問に思わないこともあるだろうし、不思議に思うような人もいるかもしれない。


「うーん……分かったよ。


 私の知る話だから少しばかり古いかもしれないけど教えてあげるよ。


 こっちにおいで」


 おばちゃんは特に疑問には思わなかったようだ。


 おばちゃんに呼ばれてカウンターの中に入る。

 大きなテーブルの上の物をよけて地図を広げる。


「今いるのがここ、セプモさ。


 配達員が言ってたのは……確かここらへんかな」


 おばちゃんが地図の上を指差す。


「場所で言えばバシューダかな?


 少し前に言ってたところだから今はもっとどっちかが押しているかもしれないけどね」


「ここからだとどっちの方角ですか?」


「方角?


 方角は……うんと…………あっちの方向かな」


 おばちゃんがびっと腕を伸ばして戦場であるバシューダの方向を指し示してくれる。

 ジは方向を覚え、地図の中身をできる限り覚える。


 本当の最悪歩いて帰るつもりで首都の場所も確認するけれど地図の上でもそれなりに遠いところにあった。


「戦場は遠いですね……」


 悲しそうな顔を作り最後まで演技を続ける。

 おばちゃんが優しすぎて罪悪感を感じるがこれで色々と分かった。


「ありがとうございます」


「お母さん大事にしてやんなよ」


「はい」


 深々と頭を下げて郵便所を出る。

 子供らしい演技というのも疲れるものだ。


「どうだった?」


 少し離れて待っていた2人がジのところに来る。

 実際地図を見ても予想通り歩いて帰ることは難しそうだった。


 けれど戦場はジが想定していたよりもだいぶ押し進められていたのは予想外だった。

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