どんな苦境でも4

「ダメだ」


「なんでだよ!」


 町に駆け出そうとするみんなをジが制する。


「行くのは俺と……エと、君だ」


 ジは35番ではないグループにいた平民出身の兵士の子を指名する。

 みんなの不満が爆発する。


 ここまで我慢して歩いてきて町に着いたというのに行くなと言うのだ、そりゃみんな不満も口にする。


「どうしてだよ」


 ラも同行メンバーから外れて不機嫌になる。


「理由ならちゃんとある。


 仮にお前らがあの町の人間だとして、知らん子供たちがゾロゾロとやってきて不思議に思わないなんてことはあるか?」


「……そりゃ変に思うかもな」


「そうだろ?


 俺だって意地悪で行くなってんじゃない。


 ここらの町の人だってみんながみんなそうじゃないとしても、あいつらに繋がっている人がいるかもしれない。

 噂になったり目立ったりすることは出来るだけ避けるべきだ」


「はい、先生!」


「なんで先生なのか……まあいいや、はい、ウルシュナ」


「一緒に行く人はどう言った基準で選んでるんですかー!」


 一緒に行くなら自分だっていい。

 なんならリンデランを選んでやってもいいじゃないか。


 エは選ばれて嬉しそうな顔してるけどどうしてエともう1人だけを選んだのか理由が知りたい。


「ひとまずだ、ウルシュナやリンデランは絶対ダメだ」


「なんでですかー」


「綺麗すぎるからだ」


「……こんな時に褒めてどーするんですかー」


 少し顔が赤くなるウルシュナ。

 いきなり綺麗だと言われてリンデランも驚く。


「容姿だけじゃないさ。


 話し方や振る舞いなんか貴族の所作が見えて綺麗すぎるんだ」


 何も容姿の話ではない。

 確かに容姿としても綺麗なのでそこでバレる可能性もある。


 けれどジが言いたいのは容姿ではなくウルシュナやリンデランの長年の習慣の方である。

 幼い頃から貴族としての教育を受けてきた貴族はどうしても貴族としての振る舞いが行動に出てしまう。


 付け焼き刃ではない自然な所作が出てしまえば周りの人は自然と相手が貴族だと気づいてしまう。

 大人もおらずお付きもいないのに貴族の子供がいる。


 それは相手に疑念を抱かせるのに十分すぎるし、全く関係なく誘拐なんかの対象にもなりかねない。


「ラは俺がいない間みんなのことを任せたい。


 ラなら安心して任せられるから」


「う、お、おう」


 軽率に怒ってしまったが理由もなくジがラを連れて行かないわけがなかった。

 一度信頼を失うようなことをしたのにまた真っ直ぐに信じてくれるジ。


 ラは自分を恥じ入った。

 自分の友人は魔獣があまり良くなかった。


 なのに自分よりも強くて、諦めなくて、信じてくれる。

 兵士になって多少お金の余裕が出来たら落ち込んでいるだろうジを助けてやるぐらいのつもりでいたのに、いつの間にか差ができてしまっていた。


 しかもなぜなのか貴族の女の子にもモテてるしカッコいいお姉さんもジのことを構っていた。


 羨ましい。

 羨ましいのだけどこれは醜くてドロドロとした感情ではない。


 憧れにも近い、いつか追いついて、共にありたい、そんな気持ちがラの中に湧き起こった。


「まあ、食べ物とか買ってくるからさ、みんなももう少し我慢してくれよ」


「なんだよそれ!


 お前貧民なんだろ、いい加減ウンザリだ!」


「あっ、おい!」


 我慢の限界だった。

 名前も知らない貴族の子が不満を爆発させた。


 リンデランやウルシュナの手前静かにしていたのだが、貴族でなさそうなジが先頭に立ってみんなを引っ張っていくのが気に食わなかった。

 空腹と疲労も手伝ってもうジには付いていけないと制止する間も無く町の方に走り去って行ってしまった。


 いつかこんなことになるとは思っていた。


「どうする?」


 だからこんな時にどうするのか、すでに考えていた。


「追いかけない」


 ジはエの問いかけに真っ直ぐ答えた。

 例えこれがリンデランやウルシュナが同じようにしたとしても追いかけない。


 別の道に行くというのならここでお別れであるとジは決めていた。


「……私はジについていくから」


 非情な選択。

 誰かから不満がさらに出る前にエがジの味方をする。


 揺るぎないように見えて、ほんのわずかに瞳が揺れるのをエは見逃さなかった。

 ジも出来るなら追いかけてちゃんと話し合って納得の上で行動したいけれど今はそんなことをしている余裕がないのだ。


 正しい判断でないと思いながらも誰かがしなければいけない判断。

 今はそんな判断を自分がするべきなのだとジは思った。


「みんなはどうする?


 俺は、みんなにここに留まってほしいけどだからといって止めることもしない」


「私はジさんに従います」


 驚くことに次に声を上げたのはアユインだった。

 ジは必要な判断をした。


 守りたいもののために重たい判断を下し、動揺をひた隠し、それでもまだ冷静に見えるように構えている。


 責任を背負おうとしてくれているジを支えるべき。

 悪い流れを断ち切るためにアユインはみんなに聞こえるようにジに従うことを宣言した。


「食べ物買ってきてくれるなら待ってあげるよ」


「私もジさんの判断を尊重します」


 ウルシュナとリンデランも同調する。

 貴族の子なので知らない子ではないがジの言うことも尤もだった。


 他の子も不満はあったけれど流れは完全に変わった。

 しぶしぶジに従って町の外の森に隠れていることになった。

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