どんな苦境でも3

 年寄りになって一度女性に対するそういった興味はだいぶ薄れたものだと思っていた。

 やはり精神は肉体の影響も受けるところがあるのかもしれない。


 お腹は空いていても疲労はある。

 子供たちはみな体を寄せ合うようにして寝始める。


 ジも眠かったけれど魔物が出ないとは限らないしローブの男が追ってくるかもしれない。

 時折火に枯れ木を投げ入れながらどうにか意識を保っていた。


「あの……ジさん、起きてますか?」


「ん、ああ、起きているよ」


 焚き火を眺めていると起きているのか寝ているのか分からないような、狭間の意識になる。

 声が遠くから聞こえてくるように感じられて、ジの意識は狭間から帰ってきた。


 声をかけてきたのはアユインだった。

 おもむろに起き上がると焚き火の近くに座って膝を抱える。

 

 目立たない少女。

 けれど実は1番周りを見ているようにジには思えていた。


 ラの命を救ってくれた1撃もそうだ。

 瞬間の判断も出来ている。


 冷静なリーダーの素質がありそうな気がしていた。


「聞きたいことがあるのですがいいですか?」


「俺に答えられることなら聞いてくれ」


 眠気覚ましにも会話している方がいい。

 アユイン以外は知り合いのパーティーなのでアユインと会話する機会も少なかった。


 こんな時に仲を深めるのもなんだけどお互いを知り合うのに時は関係ない。


「……どうしてジさんはそんなに冷静でいられるんですか?」


「俺が冷静?」


「はい、私は怖くてたまりません。


 これからどうなるのかも分からず助けも期待できない。

 敵は強いですし、どうしたらいいのか思いつきもしません。


 なのにジさんはとても冷静に物事を判断してみんなを率いている……本来なら私がやらなきゃいけないのに」


 やや引っかかる言い方をするけど質問されているのはジの方なので答えを考える。

 なぜそんなに冷静なのか。


「……俺に冷静なつもりはないよ」


 答えるのがなかなか難しい質問だ。


「冷静であろうとはしてるからそう見えているなら嬉しいけどね。


 でも内心は焦っていたり迷っていたり、今も不安でしょうがない。

 さっきはリンデランが俺だからみんなついてきてくれるって言ったけど本当は逆なんだ」


「逆、ですか?」


「みんながいるから冷静になろうと出来るし、みんながいるから頑張ることができるんだ。


 俺1人だったらどうしようもなくて諦めてたかもしれない。


 だからどうして冷静なのかって聞かれると……みんなを守りたいからかな?」


「守りたい……」


「俺はずっと1人だと思ってた。


 みんなを遠ざけて悲劇の中心にいるように振る舞って勝手に孤独になっていたんだ」


 これは過去の話。

 かつてのジはフィオスが魔獣だったことを受け入れられなくて、エやラの魔獣を羨ましがった。


 周りの人がみんな自分を馬鹿にしているような気がして周りにキツくあたり、近づいてくれる人をみんな遠ざけていった。

 それでもエやラは心配してくれていたけど。


「俺は気づいたんだ。

 1人じゃないって、周りには素敵な人がたくさんいるんだって。


 エやラ、リンデランやウルシュナは友達だ。

 それにとても良いやつで未来がある。

 守りたいんだ。


 だから俺は足掻くんだ。

 諦めないで、少しでも可能性があるならそこに賭けるし、出来ることは何でもする。


 どうして冷静なのか……それはきっと必死に足掻いているからそう見えてるだけさ」


「……」


 アユインは少し口を開けたままぼんやりとジを見つめている。

 特別な答えを期待していたわけじゃないけどありのままを平然と言ってのけるジに驚いた。


 むしろそれが特別なことのように思える。


「もちろんアユインももう友達だから俺が守りたいと思う対象だぞ」


 照れ隠しに言った言葉だけどその言葉もまた恥ずかしい。

 焚き火が頬の赤さを隠し、視線を向ける先になってくれて助かった。


 何も考えずに答えを口に出してみて、自分は1人でないなんて自分が考えていることが改めて分かった。


「あなたは変な人ですね」


「……俺もそう思うよ。


 アユインのことは聞かせてくれないのか?」


「……ジさんが無事に私を返してくれたら教えてあげます」


「俺ばっか語らせてずるいな」


「ふふっ、秘密が多い方が女性は綺麗に見えるってお父様が言ってましたから」


「ミステリアスすぎるのもどうかと思うぞ?」


「だから帰ったらちょっとだけ教えてあげます」


 教えてくれるけどちょっとだけなのか。

 

 もう少しだけ火の番をしたジはラを起こして交代し、短い眠りについた。


 ーーーーー


 朝起きたらラは寝ていた。

 こういうのは基本だと思ったけどまだ子供だし、結果的にはなんともなかったので何も言うまい。


 気まずそうにエの後ろに隠れるラのなんと情けないことか。


「町だ!」


 次の日の昼頃、ジたちはようやく目標にしていた館から3つ目の町のところまでやってきていた。

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