どんな苦境でも2

「いいか、魔物の痕跡を見る方法を習っただろ?


 それを思い出しながら進むんだ」


「はい、先生」


「先生じゃないけど……なんだ、ウルシュナ」


「それって魔物を探すってこと?」


「違う逆だ。


 魔物の痕跡を探して、それを避けるように移動していくんだ。

 そうすると魔物に会わずに済むだろ?」


「なるほど……」


 魔物を探すため、追いかけるためにと痕跡を探してきた。

 だから痕跡が続いている方ではない方に行けば自ずと魔物を避けられる。


 簡単なことなのだけどいきなり魔物に見つからないように痕跡を利用するなんてことも思い浮かばなくても当然である。


 みんな集中して痕跡を探す。

 こんな時に魔物と戦いたくはないので僅かな変化でも見逃さなかった。


 子供の足で、なおかつ慎重に進んだ。

 移動できた距離はそう遠くなく、町にもつかなかった。


「お腹すいた……」


 幸い森が近くにあったので枯れ木集めには苦労せず、夜を明かすことだけはできそうだった。

 でも焚き火以外には何もない。


 こうして出発してみるといかに自分が抜けていたか思い知る。

 もっと方角を知るための道具とか食べ物とか用意できるものを考えてプクサに聞いてみるべきだった。


 1日中歩いたものだからみんな疲れ果てて空腹であった。


「こんな時でもリンデランとウルシュナは偉いな」


「いきなり何?」


「いや、文句1つ言わないしさ」


 本当にこれは大きい。

 こんな状況貴族の子供たちなら経験したこともなく、文句が出てもおかしくないし歩けないなんて言い出す子供がいてもおかしくはない。


 ただ縦の関係は子供にも影響している。

 リンデランやウルシュナが黙って歩く限り2人より下の貴族が文句を言うこともできない。


 リンデランはともかくウルシュナなら愚痴の1つでも言うかと思っていたけどウルシュナは周りをよく見ていた。

 他の子を気遣ったり魔物の痕跡を率先して見つけたりとジは感心していた。


「褒めても何にも出ないよ」


 ちょっと照れくさそうにするウルシュナ。

 これまで何の役にも立たなかった罪滅ぼし、ぐらいのつもりで頑張っているけど褒められるとやっぱり嬉しい。


「みんな偉いよな……」


 とてもじゃないけど子供が経験していい状況じゃない。

 過去のジだったらパニックになって何にもできず、きっとこんな風に行動もできていなかった。


 泣き叫びはしないけど地下牢から出るのも怖かったはずだ。


「何言ってるんですか」


「何が?」


 ちょっとむくれたような顔をするリンデラン。


「別に私たちがすごいんじゃないですよ。


 ジさんがいるから頑張れるんです」


「俺?」


「そうですよ。


 私たちだけだったらどうしていいか、絶対にわからなかったと思います」


「あの牢屋からも出らんなかったしね」


「落ち着いていて、希望を持って諦めないジさんがいるから私たちもパニックにならずについていけるんです」


「……そうか」


「あー、照れてんなー!」


「そりゃ照れるだろ!」


 リンデランの言葉にウソはない。

 牢屋から出ることは別としてジがいなかったら誰が声を上げてみんなを率いていただろう。


 リンデランではない。

 そんなタイプじゃないし上手くみんなを引っ張っていく自信はない。


 おそらくラはそういうタイプだけどジがいなきゃ貴族の子のみんなが従うかは分からない。

 ウルシュナも悪くないけど逆にウルシュナでは兵士の子供たちが従わないかもしれない。


 ウルシュナもリンデランもエもラも信頼を寄せるジだからみんなが付いてきている。


 謙遜は美徳なこともあるけどちょっとばかり卑屈にも見えるぐらいに自己評価が低い。

 もっと自信を持ってもいいのにとリンデランはむくれたのだ。


「ジさんだから……ですよ」


「リンデラン……」


「あっと、虫が」


「あっぶ!」


 リンデランと見つめ合うジの鼻先を掠めて石が飛んでいく。

 エが投げたものだ。


「何すんだよ!」


「デカい虫がいたんだよー」


「ウソこけ!」


「エさん、石なんか投げたら危ないじゃないですか!」


「虫がいたんだもーん」


「ジさん、大丈夫ですか?」


「あ、当たってないから大丈夫だよ」


 リンデランがジの顔を押さえて当たってないかとまじまじと確かめる。

 吐息が感じられるほど近くにリンデランの顔があって思わずジの顔が赤くなる。


「ちょっと鼻が赤くなっているような……」


「リンデラン……」


「はーいおわりー!」


 鼻の頭をそっと撫でるリンデランとジの間に流れる甘い空気にウルシュナが割り込んだ。

 このままではリンデランがキスでもするのではないかと思って止めたのである。


 流石にみんなの目があるのでそれはいけない。


「あ、ああ! ごめんなさい!」


 正気に戻ったリンデランの顔が真っ赤になる。


「いや……いいんだ……」


 子供相手にドキドキするなんて。

 なんだか年にそぐわないとても妖艶な感じがして何も言葉が出なくなった。


 見た目も若くなったし言葉遣いも年寄りに見えないように努力している。

 精神的にもどこか若い、いや幼くなってきてしまっているのかもしれない。


 これがもう何年かして大人になって同じようなことをやられてしまったら例えその気がなくても口づけしてしまいそうなぐらいだった。

 リンデランは恐ろしい魔性の女になるかもしれないなとジは思った。

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