たまには外に飛び出して9

「よっしゃ!」


 パタリとウルフドッグは倒れて動かなくなる。

 残りは2匹。


「アイスアロー!」


 リンデランが魔法を使って氷の矢をウルフドッグに降らせる。

 広くばら撒くような感じで放たれた氷の矢をウルフドッグが走って回避する。


 片目が見えないので距離感がうまく掴めなくて大きくかわすような形で氷の矢はウルフドッグに当たらなかった。

 かわされてしまうことはリンデランにも分かっていた。


 だからリンデランはウルフドッグを範囲に収めつつも少しだけ氷の矢を降らせる範囲をズラしていた。

 目的は回避する方向を回避してほしい方向に誘導すること。


 ウルフドッグは降り注ぐ氷の矢を見て回避が簡単そうな方に向かった。

 それはリンデランの仕掛けた罠であった。


 ウルフドッグが回避した先にはウルシュナが待ち受けていた。


「トドメだ!」


 ウルフドッグの潰れた目の側から回り込んでいたウルシュナ。

 氷の矢に気を取られていて視界の外にいたウルシュナに気付くのが遅れた。


 ウルシュナが体重をかけた剣がウルフドッグの首に突き刺さる。


「やああああっ!」


 ウルシュナはそのまま剣を振り上げてウルフドッグの首を切り裂く。

 派手に血が飛んでウルフドッグが力なく地面に倒れた。


 これで残りは1匹。


「みんな、よくやったな」


 残りは1匹。

 ジが戦うウルフドッグだけだったのだがとっくにジはウルフドッグを片付けていた。


 魔力を使わずに押し切ることもできたが他にフォローを行う必要が生じる可能性もあるので魔力を使ってさっさとウルフドッグを倒した。

 いつでも駆けつけられるようにしながらみんなの戦いぶりを見ていたのだ。


 ラが押し倒された時に軽度の擦り傷を負ったけれどそれ以外は無傷での勝利となった。

 そうした結果だけを見ると楽勝のようにも見えるが詳細な戦いの内容を見るとちょいちょい危ないところのある辛勝であった。


 反省は必要だろうが後でいい。

 まずはちゃんと勝利したことを喜ぼう。


 細かい説教するよりも魔物と戦うのを2回目にしてウルフドッグに勝ったことを誇り、次への自信へ繋げていくもまた大切。


「ふぅ……何事もなくてよかったです。


 それにしてもあのジという少年はすごいですね」


 老年兵士の男性は体の緊張を解いて長く息を吐き出した。

 もしもの事態はどんな時でも付き纏ってくる。


 グルゼイとリアーネがいるから安心だなんて楽観的にはなることができなかった。

 老年兵士の男性はルシウスに仕える兵士であり、ジが謀反の時にもその場にいたことは知っていた。


 他の兵士の中でも時折話題に上がるぐらいで、ウルシュナを簡単に倒してしまうほどの腕前の持ち主なことも聞いた。

 ルシウスが軽く話していた内容もしっかりと聞いていたのだがそれよりもジは優秀であるように老年兵士の男性の目には映った。


 リーダーとして周りの状況を良く見て指示を飛ばしている。

 その上で他の子が複数人で仕留めているのにジは1人でウルフドッグと戦ってあっさりと勝ってしまっている。


 遠い昔の自分が同じ年頃だった時にあんなことができただろうか。


「俺の弟子だからな」


「弟子……そうなんですか」


 いつの間にか老年兵士の男性の横にいたグルゼイが誇らしげな顔をしている。


 剣以外に特に教えたこともないのでジの動きの半分ほどはグルゼイが関わったものではない。

 けれど自分の弟子が褒められると嬉しいものは嬉しい。


「ジ、どーだ俺の働き!」


「私だって出来るところ、見たでしょ?」


「ジさん、強いですね!」


 みんながワラワラとジのところに集まる。

 一斉に話しかけてくるものだからジは困った顔をして誰に返事をしたものか迷ってしまった。


「良くやってんじゃねえか!」


 助けに入るまでもなかった。

 大人がウルフドッグと戦ったって何にも思わないが経験の浅い子供たちが必死にウルフドッグと戦う姿は手に力が入り、思わず声を出して応援したくなってしまう。


 多少の危ない場面ではリアーネも思わず加勢してしまいそうになった。

 みんなの協力やジの働きによって見事にウルフドッグを打ち果たした。


 面白い戦いだったとリアーネはニンマリ笑って興奮のままにジを後ろから抱き上げた。


「り、リアーネ、降ろして!」


 みんなの前で抱き上げられることや頭の後ろに柔らかいものが当たる恥ずかしさでジの耳が赤くなる。

 軽く抵抗してみせるけどリアーネの力は強く全然びくともしない。


「うん、戦いの指示も的確だったし、動きも良かった!


 さすがだな!」


「も、聞いてないし……」


 抵抗したところで脱出はできない。

 こんなところで無駄に体力を使ってもしょうがないのでされるがままにすることにした。


 リアーネの興奮した感想を聞きながらジはプラプラと揺られる。


「ちょ、ちょっと!」


「んん?」


 みんなが話しかけている中でいきなり主役を奪われた。


 やたらと馴れ馴れしくジに接するリアーネに正気を取り戻したエが突っかかっていく。


「あなた、一体なんなんですか!」


「私か? 私はリアーネという冒険者だ」


 自己紹介は最初にしただろと思った。


「ジとはどういう関係なんですか!」


「こいつとか?


 ……そうだな。

 私はこいつのおかげで外も歩けない体にされてしまってな。


 だから責任を取ってもらおうと思っているんだ」


「何その言い方!


 もっと説明のしようってものがあるでしょ!」


「あの時だって私のことをあんなに甘い言葉で褒めてくれたじゃないか」


「ご、誤解じゃないけど誤解だ!」


 そもそも外出禁止になったのはジのせいじゃない。

 確かにリアーネのことを褒めたけど思ったことをそのまんま口に出しただけで甘い言葉とかそんなつもりは一切なかった。


「ちょ、待って待って!


 みんななんでそんな顔してるんだ!」


 エは汚らわしいものでも見るようにジを見ている。

 リンデランも悲しそうな顔しているし、ラも何故だか目に感情がない。


「ちょ……誤解だってー!」


 リアーネの腕に抱かれていてはなんの説得力もない。

 それに王弟の謀反の件は口外してはならないことになっているので細かく説明もできない。


 とりあえずリアーネから抜け出そうとするけれどそれすらもできない。


「ああしていると子供なんですねぇ」


 そんな様子を見て老年兵士の男性がポツリとつぶやいた。

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