たまには外に飛び出して5

 友達や知り合いがあんな状態になるぐらいなら魔物になんて容赦しない。

 エは大神殿での仕事を通して精神的にも強い子になっていた。


「えいっ」


 エが持っていた杖を振って回復魔法を使う。

 単純な体の治療だけを目的とした治癒魔法と違って回復魔法には体の回復効果だけでなく精神的な回復や安定の効果もわずかにだが見られる。


 治癒魔法と回復魔法の差なんてジには分からないけれど、相手にかけられた魔法での混乱や精神的なものにも作用するのが回復魔法に属していたと思う。


 気分が悪くなった子たちのためにエが配慮してくれた。

 吐いてしまった気持ち悪さは消えなくても少しだけ胸が軽くなった気分はあるだろう。


「すごいな」


 思わず感心してしまう。

 周りをちゃんと気遣うこともそうだし無詠唱で回復魔法を使ったこともすごい。


「そう? エヘヘ」


 褒められたとエが嬉しそうな顔をする。


「みなさんも分かったと思いますが魔物と戦うことはただの訓練ではありません。


 命の奪い合い、生きるか死ぬかです。


 見てわかる通りに切っておしまいではなく、ちゃんとああして死体が残るのです」


 戦い方まで参考にする余裕はないだろう。

 エの魔法のおかげで気分が楽になった子供たちは今一度ゴブリンの死体を見て気持ちを引き締めた。


 またゴブリンのような適当な魔物を探して歩き、今度はより小規模な3匹のゴブリンの群れを見つけた。


「先にゴブリンと戦ってみたいグループはいますか?」


 持っている武器も木の枝ぐらいで危険は少ない。

 子供たちに経験させるのにもちょうど良い相手である。


 しかし先ほどのグロテスクなゴブリンの死体が頭をよぎるのか手を上げる子はいない。


「では35番のグループに行ってもらいましょうか」

 

 老年兵士の男性はジのことも聞いていた。

 ゴブリン相手なら遅れを取ることもない子供と言われているので何かあっても対処できるだろうと思った。


 最初のグループがうまく出来れば後々のグループも勢いづいて行ってくれるかもしれない。


「行こうか」


「うん」


 こういうのはさっさと終われた方がいい。


 ジが前に出るとエが横に並んで慌てたようにリンデランはエが立つジの逆に行く。


「ウルシュナとラが前に出てリンデランとアユインで補助するんだ」


 みんなの戦闘スタイルを見て陣形を決める。

 ウルシュナとラは剣を持ち接近戦闘型で、リンデランは杖でアユインは弓を持っての遠距離戦闘型。


 ジも接近戦専門だけどみんなの成長の機会を奪うマネをしたくないので引き気味に戦闘に加わる振りだけしようと思っている。

 エは魔法での攻撃もできるけど回復やバフなどの補助をメインに行動してもらう。


「ほら、行くぞ」


「や、やってやる!」


「あっ、バカ」


 気合を入れるために声を出したラ。

 普通に話している分には聞こえなくても大きな声を出せば当然ゴブリンに聞こえてしまう。


 ゴブリンがこちらを振り返る。


「先手を取るのは難しそうだな」


「くそっ、ゴブリンなんかに負けないぞ!」


 ラがゴブリンの木の棒を受ける。

 お粗末な戦いの始まりだけど始まってしまったものはしょうがない。


「ウルシュナさん、今です!」


 アユインが放った矢がゴブリンの肩に当たる。

 怯んだ今が攻撃するチャンスとウルシュナは剣を振り上げたのだが、ゴブリンと目があって攻撃を躊躇ってしまった。


 対してゴブリンは相手に対して躊躇いなんてない。


 矢を射られたお返しとウルシュナに木の棒を振るう。


 (やられる……!)


「女の子の顔狙うのはダメだぞ」


 ギュッと目をつぶって痛みに備えたウルシュナを助けたのはジだった。

 横から剣を切り上げて木の棒を切るとゴブリンに蹴りを入れて距離を無理やり取らせる。


「大丈夫か、ウルシュナ」


「あ、うん……」


「おりゃあ!」


 そうしている間にラは1匹のゴブリンを仕留めていた。


「アイスランス!」


 状況を見てしっかり氷の槍をリンデランが使ってもう1匹のゴブリンを倒す。


「ウルシュナ、やれるか?」


「……やる、やらせて!」


 無理そうならサッと自分で仕留めてしまおうと思ったけどウルシュナはしっかり剣を握り直すとゴブリンに再び向かう。

 

「はっ!」


 アユインの放った矢は当たらなかったけれどゴブリンの気を引き、動きを鈍らせるには十分な働きをした。

 一度躊躇ってしまった。


 分かっていたのに体がうまく動かなくなって迷惑をかけてしまった。

 今度は体が動いてくれて剣がゴブリンの肩から胴体までを斜めに切り裂いていく。


 木剣では味わったことのない肉を切る感覚。

 ゴブリンの目から生気が消えて倒れていく。


「おっと。


 よくやったな」


 フラついたウルシュナをジが後ろから支える。

 感情がぐちゃぐちゃになって泣きそうになるのを口を結んでグッと堪える。


「お疲れ様です。


 初めてにしては上出来ですよ。


 みなさん拍手」


 パチパチとまばらな拍手。

 あれならまだユディットは頑張っていたなとグルゼイは思った。


 魔物の死体を放置すると他の魔物が寄ってきたり、他の魔物の餌になってしまうので持ち帰らない場合はちゃんと処理する必要がある。

 出来るなら火の魔法を1人ぐらいは使えておくのが良い。


 ゴブリンの死体を集めてエの魔法で燃やす。

 魔物の死体でも人の死体でも燃やす時のニオイは慣れたものではないとジは思った。


 実際はジがいるなら燃やすことはなくフィオスで消化してしまえばいいのだけど今は学びの場なので何も言わなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る