他力本願3

「と、言いましても私はお二人を連れて来てほしいと頼まれただけですので」


「それは誰にだ?」


「お二人の知り合いにですよ」


 そりゃそうだろう。

 知り合いでもない人が貧民を呼びつけるわけがない。


 それでも2人に共通する知り合いは限られる。

 ヘレンゼールを含めた数人しかいない。


 その上でヘレンゼールを使いに寄越す人なんてそれこそ限られる。


「とりあえず行ってみましょうか、師匠」


 想像している通りの人物が呼んでるなら悪いことはない。

 想像していない別の候補でも問題なんてないだろう。


 というかなんでぼかす必要があるのだ。

 よほど貧民街へのお使いが不満と見える。


「私も行くぞ!」


「……先ほどから気になってはいましたがこちらはどなたですか?」


 なんだか面白そうな気配を察したリアーネはジたちの後ろをうろついていた。

 ピシッと手を上げてアピールをするリアーネにヘレンゼールはめんどくさそうな視線を向ける。


「リアーネです」


「解答として間違ってはいませんが私が聞きたいのはそう言うことではないですよ」


「なんと説明したらいいか難しいんです」


「また、ジ君が女性に手を出したということでよろしいですか?」


「よろしくありませんよ?」


「そうだな、間違ってない」


「師匠!」


「あんなに甘い言葉をささやいてくれたじゃないか。


 あれはうそだったのか?」


「ほぅ? ジ君は年上が好みのようですね」


「誤解だ!」


 みんなしてジをイジる。

 人を避けて孤独に生きていた過去ではこんなことも少なかった。


 ちょっとめんどくさいこんな絡み合いが新鮮で楽しく思えた。


 ーーーーー


「ここは……」


 想像している人物は大外れだった。

 ヘレンゼールを使いにやれる人でジとグルゼイで共通の知り合いといえばパージヴェル。


 今は戦争でいないだろうからその孫娘のリンデランが何かの用事で2人を呼んだのだと思っていた。


 しかし連れてこられたのはヘギウス家ではなくゼレンティガム家。

 つまりはルシウスのところであった。


「いつの間に転職したんですか?」


「別にゼレンティガム家に鞍替えしたのではないですよ」


 門番に用件を伝えるとすぐさま門が開く。


「そう緊張するな、ユディット」


「し、しかし、貴族の家なんて……」


 今回来ているのは呼ばれたグルゼイとジだけじゃなく付いてきたリアーネとジの護衛としてユディットも連れてきた。


 今後も商売関係から貴族との絡みもあるだろうからここで1つ貴族の相手を体験させておこうと思った。

 ルシウスなら多少の粗相があっても怒らないだろうしゼレンティガム家を見ておけば他の家なんて霞んで緊張しなくなる。


「よく来てくれたな。


 ヘレンゼールもありがとう。

 済まないな、君を伝言係に利用して」


「いえ、ルシウス様のお頼みを断るわけにはまいりませんので」


 屋敷に入るとルシウスが出迎えてくれた。


 ヘギウス家とゼレンティガム家は仲が良い。

 ヘレンゼールはパージヴェルの秘書として活動しているのでゼレンティガム家にも顔がきくのであった。


「思っていたよりも人が多いな。


 あなたはあの時の……リアーネさんだったかな?」


「覚えていてくださいまして光栄です」


 意外にもお淑やかにルシウスに接するリアーネ。

 色々と渡り歩いてきたリアーネは面倒事を避けるにはありのままよりも多少は取り繕った方がいいことを分かっていたのである。


「そちらの子は?」


「こちらはユディットです。


 俺のことを守ってくれる騎士なんです」


「は、はじめまして!


 俺は、えと、私はユディットと申しまして、主君……主君とはジさんのことで、を守るためにこの場に同席させていただきました!」


 ガチガチになっているユディット。

 直角に頭を下げる様はとても騎士としては不合格だ。


「ジ君の騎士かい。


 よろしくな」


 貧民の子が騎士を連れているなんて何事だ。

 無駄にプライドの高い貴族ならそんな風に詰め寄ってきたに違いない。


 けれどもルシウスは成熟した貴族で察しも早い。

 こんなことで貴族を振りかざすこともなく、優しくユディットに微笑みかける。


 自分が仕えるべき主君を見つけ仕える。

 素晴らしいことではないかとルシウスは思った。


 特にジにはルシウスも目をつけている。

 ルシウスの見立てでは王まで行かなくても人の上に立つ才能がある子供である。


 通されたのは食事用の長いテーブルがある部屋。

 会議や大勢の人が集まる時にも使われる部屋で、応接室では少し手狭になるのでこちらに急遽変更になった。


 部屋に入るとすぐさまお菓子と紅茶が運ばれてくる。

 ジとユディットにはジュースが運ばれてきたのだがリアーネもジュースを希望したために紅茶と交換した。


 今回も機会を逸したグルゼイ。

 リアーネが先にジュースがいいなんてサラッといってしまったので自分もジュースが良かったなんて言い出せなかった。


 代わりに今回は前回のルシウスを見習って紅茶に砂糖をたっぷりと入れる。


 多めに用意されたお菓子。

 リアーネは自分が呼ばれていないにも関わらずなんの遠慮もなく手を伸ばしていた。


「いきなり呼び出して済まないな。


 本来なら私が伺うべきだったのだが君たちの家を知らなくてな。

 ヘギウスの方では知っているものがいると聞いて頼んだんだがまさかパージヴェルの右腕が直々に呼びに行ってくれるとは思いもしなかったよ」


 なるほど。

 ルシウスが何か頼みがあってジとグルゼイに話をしたかったけれども貧民街のどこに住んでいるのか分からなかった。


 探せばすぐに見つけられるだろうが貴族が貧民を探しているなんて変な注目を2人に集めてしまうことになる。

 それを避けるためにヘギウス家に2人の家を知っていたら呼んでほしいと頼んだ。

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