第三章

死者の王1

 魔獣がいるということは当然魔物がいる。

 こうして戦争が始まる前は魔物が人間にとっての1番の脅威であった。


 今では生きるか死ぬかの戦いが横にあるので人間にとっての1番の脅威は人間と言えるかもしれない。

 しかしそれでも魔物が人間にとっての大きな脅威であることになんら変わりはないのである。


 故に冒険者の仕事がある。

 ギルドが仲介をして魔物を退治することをその生業とする。


 国の兵士や貴族の持つ私兵なども魔物退治を行うことはもちろんあるのだが治安の維持や他国への警戒などやるべきこともあり、手が回り切らないのが実情。


 魔物に関する大きな部分は冒険者に任せてどうしようもないところを国が持つ。

 こうした流れがほとんどの国で行われている。


 ジは過去において冒険者という職にあったことはなかった。

 魔物は危ないし、魔獣はスライムで魔力もなければ腕に覚えもなかった。


 わざわざ命の危険を冒してお金を稼ぐ必要もなかったこともある。


 魔物と対峙した経験がないこともない。

 必要に迫られての出来事だけどあまり気分良い経験ではなかった。


「よし、その調子だ」


 ゴブリンを切り倒したジをグルゼイは腕を組んで満足げに見る。

 ルシウスから受けた依頼は思わぬ展開になってしまったのでジに実戦経験を積ませるというグルゼイの目論みは失敗に終わった。


 ある意味実戦で戦ったといえば戦ったのだがあんな血生臭い経験をさせるつもりはなかった。

 なのでグルゼイはひとまず簡単なところからジに経験を積ませることにした。


 何にしても町から遠出することはできないので町周辺の魔物と戦うことから始めた。

 町周辺に出る魔物なんてよほど馬鹿なのか、他から追いやられたかのどちらかである。


 馬鹿な魔物は強かったりもするのだが追いやられた魔物は大体弱いものである。

 ゴブリンは弱い魔物でよく他に追いやられて人里近くに現れることで有名である。


 長く生きた個体は知恵をつけて厄介なものになるけれどほとんどの個体が長生きはできない。

 倒したところで利益にもならないが初心者の練習としてよく狩られる魔物なので常に冒険者に狙われる魔物である。


 ジは今引率のグルゼイと魔物討伐の依頼を受けて町の外に来ていた。

 ついでにユディットと何故か付いてきているリアーネもいる。


 ジのところにいれば面白いことがあるとしょっちゅう遊びに来ていて、今回の訓練も面白そうだからとついてきたのであった。

 ユディットはグルゼイの直接の弟子ではないけれどジがいない時で手隙なら相手してやったりしていた。


 ユディットを鍛えることがジのためになる。

 ユディットも鍛えてもらうことがジのためになる。


 2人の思惑は一致していたので半分弟子みたいになっているのだ。


 過去の経験があり、少し前にも人との戦いを経験しているジはゴブリン相手にも臆することがない。

 一方でユディットは意気揚々と出てきた割にいざ戦いとなると怖気付いてしまった。


 命を奪うことを初めて行うユディットはゴブリンを倒すことを躊躇ってしまった。

 結果的には倒したのだがスマートな初戦とはいかなかった。


「情けない……」


「情けないな」


「うぅ……」


 容赦のないグルゼイとリアーネ。

 ユディットはジがユディットの代わりにゴブリンを倒す間に草むらで吐いてしまったのだ。


 しかしジだから平気なだけでユディットのような反応は特別ひ弱と言えるものではない。

 大体の子がこうした恐怖心や命を奪うことに対する気持ちを乗り越えてようやく冒険者になっていく。


 ちゃんと1体でも倒しただけマシなのである。


「お前仕えている主が戦ってるのに吐いてるなんて恥ずかしくないのか?」


「くっ……」


「男のくせにヘタレだな。


 私がお前ぐらいの時には魔物なんか簡単に倒してたぞ?」


「うううっ……」


「うちの騎士君イジメるのそのぐらいにしてもらってもいいですかね?」


「初めてはこんなもんだし何ともなさそうなお前の方がおかしいんだぞ?」


「やっぱお前は凄いな。


 どれ、お姉さんが撫でてやろう」


 すっかりワで味を占めたリアーネはよくジの頭を撫でるようになっていた。

 ジも嫌じゃないので普通に受け入れている。


 最初は頭ごと持っていかれるぐらいだったのが段々と慣れてきて優しい撫で方になってきた。


「スケベ弟子が……」


 そんな様子をグルゼイは気に入らなそうに見ている。


 なんならグルゼイももっと褒めてくれてもよいのにと思う。


「ほら、ジが倒したんだからお前が耳ぐらい切り落とせ」


「えぇー……」


「ほう? そんな態度取るとはだいぶ余裕が出てきたみたいだな?」


「あっ、いえ、やらせていただきます!」


 一応ゴブリンもギルドの討伐依頼として倒している。

 ゴブリンの右耳が倒した証になり、持っていかなきゃいけないので倒した後に耳を削ぎ落とす必要がある。


 倒すのはいいけどこのゴブリンの耳を削ぎ落とす作業はジも苦手だった。

 ユディットも嫌そうな顔をしてゴブリンの耳を削ぎ落として袋に入れる。


 初心者中の初心者が相手になるのでゴブリンを相手にする期間は長くないので何回かやればゴブリンの相手はしなくて済むようになる。

 頑張れユディット。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る