まだ見ぬ商会の始まり3

 ヘギウス商会は国内でもトップクラスの商会。

 言うまでもなく大きい。


「高等な教育を受けた貴族の子息やアカデミーの卒業者もヘギウス商会の門を叩きます。


 優秀な方も多く、仕事で困ることもないでしょう。


 しかしその分失われてしまった物もあります」


「失われた物、ですか?」


 ヘギウス商会は驚くほど健全な商会である。

 何か無くした物などあるようには思えない。


「私が若い頃はヘギウス商会は忙しかったです。


 人は足りず財務に関しても私が様々なことを担当しました。

 明日には財政が悪化するかもしれない、小さい商談の成功に喜びを覚える、そんな中で毎日を過ごしました。


 ヘギウス商会が大きくなり、パージヴェル様が戦争で名を上げてヘギウス家そのものも大きくなり、安定してきました。


 大きくなると仕事も変わってきます。

 リスクを避け安定した仕事も多くなります。


 人が増えると仕事も分担されて固定されていきます。


 今のヘギウス商会にいて困ることはないでしょう。

 でもあの頃のような熱い想いで仕事ができる場ではなくなってしまいました」


 エムラスはノーヴィスを見ている。

 こんな風に何かに夢中になったことはいつぶりだろうか。


 未だに集中しているノーヴィスにはこの会話は聞こえていない。


 今のヘギウス商会での仕事は完全に分業されている。

 任された仕事のスペシャリストになれて、給与も良く、将来において困ることもない。


「ヘギウス商会は安定する代わりにあの頃の情熱を失ってしまったのです。


 若い頃の苦労は買ってでもしろと言いますが、そこまでいかなくてももっと熱を持って何かを成すことが大事だと思っております」


「それが俺の商会だと?」


「正直なところ分かりません。


 まだなんの見通しもないのですから」


 多くの商会が作られては消えていく。

 借金を抱えて路頭に迷う人も少なからず存在する。


 そんなところに孫娘を行かせるぐらいならヘギウス商会で働いていてもらう方が遥かにマシ。

 しかし子供らしからぬ考えを持ち、何かを感じさせるこの少年ならばとなぜか思わされてしまう。


 なんでこんな話をし出したのか自分でもわからない。

 まだ孫娘にも通してすらいない話を先にジに押し付けてしまっている。


「それにもう1つ理由もあります。


 あの子は自分の実力でヘギウス商会に入ってきました。


 けれどもそれをよく思わない人や私がいるが故に色眼鏡であの子を見る人がいるのです」


 どの世界にもコネなんてものはある。

 そうでなくても上の役職に自分の祖父がいれば周りも自然と気を使うし良くない目で見る者もいる。


 自由に情熱を持って、かつ、自分自身を見てくれるところで働いてほしい。

 そんな思いがエムラスにはあった。


 全く知りもしないちゃらんぽらんな商会ではなく、目玉の商品となるものがある。

 ヘギウス家だけでなくゼレンティガム家とも関わりがある。


 4大貴族のうちの2つが目をかけている。

 すぐに潰れて無くなるとは考えにくい。


「ジ様にその気があればの話ですが」


「……面白い話ですね。


 商会を設立することになった時には前向きに考えてみますよ。


 ただし、そちらの孫娘にはちゃんと話を通して承諾は得ておいてくださいね」


 非常に勝手な申し出。

 怒られる可能性も考えていたけれどジは笑顔を浮かべてエムラスに答えた。


 怒らず相手の話に飛びつくこともなく確約はせずに色良い返事。

 若いのに器量もいい。


「ジさん!」


 ちょうどエムラスとの会話が一区切りついたところでノーヴィスの思案も一区切りついた。


「色々試してみないことにはわからないがもっと分厚いやつや小さい大きさのものはないのか?」


「クモノイタは分割して大きさや形は好きにすることができます。


 もっと厚みがあるものも作ることは出来ます」


「本当か!


 ならば……ここには……いやしかし弾力がどれぐらいなのか……」


「……出来るかどうか分かりませんが非常に前向きには考えていてくれそうですね」


「そうですね」


 後日ほしい厚みや大きさのリストを貰うことにしてジやエムラスは工房を後にすることにした。

 あれだけのめり込んで考えてくれているのだから最低でも製品は完成させてくれるだろう。


「私の提案も検討くださいね」


「いいですけど従業員の引き抜きにもならないようにウェルデンにも話を通しておいてくださいよ?」


「もちろんでございます。


 ですがウェルデン様の承諾が得られてしまえば断ることができなくなってしまいますよ?」


「確かにそうですね……。


 まだ秘密でお願いします」


「ホッホッ、孫娘にはそれとなく話しておきますので」


 なんだか考えるだけでなく半ば確定的な話になっているような気がしてならないが商品と財務担当の見通しがたった。

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