まだ見ぬ商会の始まり2

 どんな物が馬車に使うのに適しているのかジでは判断がつかない。

 職人の意見だったり直接使ってみないと分からない部分は絶対に存在する。


 ノーヴィスがそれぞれのクモノイタを触ってみると確かに柔らかさや弾力に違いがある。

 見た目の厚さは同じでもジでは分からない2匹のクモによるわずかな品質の違いもノーヴィスは感じ取っている。


「馬車の細かい作りまで知らないのでノーヴィスさんにお任せすることにはなるんですが、俺はこれを馬車に組み込んで揺れを吸収しようと思っているんです」


「揺れを吸収?


 ……なるほど」


 少し間があってノーヴィスは理解した。

 この弾力性を利用すれば地面から返ってくる衝撃を和らげることが出来る。


「問題はどこに組み込むか……スレや摩耗にどれぐらい持つのかも不明だしどこに付ける。

 しかも種類もあるしどれが適正なものか……。


 何ヵ所か候補は思いつくが全てに付けるか?

 いや、遊びが必要な部分もあるし全部に付ければいいというものでも……」


 思考の波に漂い始めたノーヴィスはもうジたちのことを忘れてしまった。

 不快感は覚えない。


 これぞ一流の職人の感じがして好感すら持てる。


「申し訳ありません……こうなってしまったら師匠は長いので」


 ブツブツとつぶやきながらノーヴィスは手を空中で動かしたりクモノイタを触ったりを繰り返す。

 そこに弟子の1人の女性が紙とペンを渡すとノーヴィスは無言で受け取って考えを紙に書き出し始める。


 続いて弟子の女性がジたちに水を持ってきてくれる。


「このようなおもてなししか出来ずすいません。


 お客様にお出しできるような物がなくて……」


 恥ずかしそうに頬をかく。

 工房は手入れが行き届いており小綺麗ではあるが隠しようのない古さはどうしてもある。


 小綺麗にしているからこそ、そうした粗が目立ってしまう。

 儲けているなら直すだろうし、やっていないということはと簡単に予想がつく。


「いいんですよ、押しかけているのはこっちですし」


「ありがとうございます。


 私はピーサイです。

 何かありましたら私にお申し付けください」


 ペコリと頭を下げるとピーサイは奥に引っ込んでしまった。

 気遣いのできる良い女性である。


「ところでジ様は商会を設立されるおつもりですか?」


 まだノーヴィスの考えはまとまらなそうで手持ち無沙汰になった。

 それまで黙っていたエムラスがジに話しかける。


 エムラスは商会の中でも財務を担当していてウェルデンが信頼を置く従業員の1人である。

 先代の頃からヘギウス商会で働いていてウェルデンだけでなくパージヴェルも困ったことがあれば相談するぐらいの相手である。


 物腰が柔らかくジに対しても丁寧な態度を崩さない。


「この取引で作る商品が上手くいったらそういうことも考えなきゃいけませんね」


 小規模なら個人的にやってても問題ないけどこれからのことを考えると商会という形をとってやる必要も出てくる。

 商人ギルドにも所属せずに好き勝手に商売をすることはできない。


 しかしそれも簡単ではないことだ。

 ジは商人ではない。


 過去の経験もあって金勘定に困ることはない。

 けれど帳簿を付けられるほど数字に明るくない。


 少なくともお金の管理を任せられる人が必要になってくる。

 ユディットのように忠誠心が高いだけでなくちゃんと教育を受けてきた人間じゃなきゃダメである。


 お金で雇うことになるのだが持っているツテはウェルデンぐらい。

 ここまでもお世話になっているのにこれ以上頼るのも悪い気がしてしまう。


「これが上手くいったらそれも考えなきゃいけないと思ってます」


「財務を担当される方はすでにお抱えでいらっしゃいますか?」


「いえ、お恥ずかしながらそうした方面に知り合いもおらず、俺自身も数字には強くありません」


「……これはウェルデン様にも秘密の話なのですが」


 髭を撫でながらややもったいつけるエムラス。


「私には孫娘がいましてな。


 私と同じくヘギウス商会で財務部署で働いております」


 意図や目的は不明だが話したい内容はなんとなく察しがつく。


「私が言うのもなんですが若くして優秀な子です。

 仕事も早く真面目で不正は許しません。


 ジ様のお作りなられる商会の財務担当の席が空いているなら私の孫娘はいかがでしょうか?」


 緑に近いブルーの瞳と目が合う。

 願ってもない申し出。


「理由を聞いても?」


 理由が分からない。

 孫どころか子供もいたことがない身でも大商会とこれから作られるかも分からない上に子供が商会長な商会なら大商会にいるのがいいと分かる。


 働く場所がないなら分からない話ではない。

 女性で教養があっても活かすことが難しいのは過去も今も変わらない。


 わざわざヘギウス商会にいるのにやめてジの方に来させる理由が見当たらないのだ。


「分かりませんか?」


「分かりません。


 孫娘がお嫌いなのですか?」


「ホッホッホ、そんなわけございません。


 目に入れても痛くないほど自慢の孫娘ですよ」


「ならば余計に分からないというものだ」


「……ヘギウス商会は大きいのですよ」

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