まだ見ぬ商会の始まり1

「お前……えっとあなたがジさんですか?」


「そうです。


 畏まらずに普段の話し方でいいですよ」


「助かる。


 どうにも丁寧な言葉使いってのは苦手でな」


 ジはリンデランのところにタとケを迎えに行くついでにウェルデンに連絡を取った。


 後日連絡が返ってきてウェルデンの紹介でジは人に会いにきた。


 付き添いはユディット。

 リアーネと実戦的に戦う訓練をするように言ったのだがそこそこボコボコにされた挙句、グルゼイとリアーネで戦いを始めてしまった。


 今のところジョーリオの糸は厚すぎてこれからの製品には相応しくないので糸巻きはワとニックスに任せた。

 ユディットは手持ち無沙汰になってしまったので連れてくることにした。


 今後形が決まって商品の納入になるとわざわざジが出向くこともない。

 こういうことがあればユディットかニックスに任せることになる。


 今のところはユディットに任せるつもりなのでちょうど良い顔合わせにもなる。


 それともう1人、一緒に来ている人がいる。

 ウェルデンは商会長で忙しいので時間が取れなかった。


 なのでウェルデンの代わりに今回の取り引きをまとめる役割を担う商会の人間としてエムラスという老年の男性が来ていた。


 ウェルデンに紹介されたのは職人のノーヴィスという男。

 1つの工房を持っていて実力があって口が固く、信用のおける男だと言う。


 口がうまくないので工房は腕の割に繁盛していないがそんな人材をウェルデンは上手く見つけていた。


 大きな仕事を任せたいと言われてノーヴィスはとても緊張していた。

 何回か会った印象ではウェルデンは人を簡単に褒める性格ではなく確実性の高いものを好むとノーヴィスは思っていた。


 そんなウェルデンが一言目で褒めて、確実性の薄い賭けに出た。

 賭けに出させた相手、それがジ。


 見た目は子供だが油断してはいけないとも言われた。


「それで今回は何を作りゃいい?


 俺は何にも聞かされていないんだ」


「今回作ってもらうのは馬車です」


「馬車?


 そんなもんもう市場は固まっちまってる。

 新しく作ったところで顧客を奪えるわけが……」


「奪いますよ」


「なに?」


「他の顧客根こそぎ奪います」


 ウソじゃない。

 ノーヴィスは人を見る目に優れているわけではないが弟子を持つ身の上なのである程度人は見てきた。


 特に若い弟子は面倒事があるとすぐにウソをつき、誤魔化そうとする。

 だから自然と相手がウソをついているかどうか分かるようになってくる。


 ジの目に一点の曇りもない。

 動揺も騙そうという気もなくただ成功を心の底から信じていることがノーヴィスには分かる。


 それもそのはずで揺れの少ない馬車は過去に大ヒットを飛ばした商品。

 最後には平民の間にも浸透したほどで馬車に関わる職人や商人は困り果てたのだ。


 売れると分かっている商品だからジも自信満々。


「まあ、私はヘギウスさんに言われたらやるしかない。


 馬車は以前にも作っていたことがあるので、作ること自体に問題はない」


「加える変更も多くはないので基本は普通の馬車です。


 作ることは難しくないと思います」


「しかしさっきも言ったが普通の馬車では……」


「見た目は普通の馬車ですが普通の馬車ではありません」


 ジは懐からそれを取り出した。


「なんだそれ?」


 布の塊。いや何かを布で包んでいる。


「触ってみてください」


 ジはノーヴィスにそれを渡す。


「むっ?


 ……これは、なんだ?」


 固いのに柔らかい。

 受け取った瞬間は何かの板のようなものかと感じたのにすぐに指がわずかに沈み込み、押し返してくる。


 経験のあるノーヴィスでもそれがなんであるのか分からない。

 力を入れるとその分指が沈み込むが反発する力も強くなる。


 軽く曲げてみても折れることのない柔軟性。

 布を取って中身を見てみたい衝動に駆られる。


「ジさん、これは一体なんなのか私に教えてくれませんか!」


 興奮した様子でノーヴィスがジに詰め寄る。


「クモノイタです」


「クモノイタ?」


「それが商品名です。


 詳細についてはまだノーヴィスさんには教えられません」


 なんともストレートな名前だけど布にも包んであるし、仮に剥き出してもクモの糸で作られた板状のものだとは思い付かないだろう。


 布で覆っているのは中を見られないようにして秘密を守るためではない。

 単にクモの糸の性質もまだ持ち合わせているのでねばついて持ち運びに不便なので布で包んでしまっているのである。


 クモノイタと名前と発音をちょっと変えるだけでどんなものだか途端にわからなくなる。


 ウェルデンの紹介なので信用できない人物ではないと思うのだがあったばかりの人間をそう簡単には信用できない。


「む……分かった。


 まずは信頼関係を築くことから始めよう。

 職人が信頼できるかは物作りの腕で示すもんだ。


 だが馬車とこのクモノイタがどう結びつくのか……それは教えてくれないか?」


「それはもちろんです」


 ジはそう言ってクモノイタを持ってきた袋から次々と取り出す。


「おいおい……こんなに何に使うんだよ?」


「もちろん全部使うことなんてありませんよ」


 ジが取り出したクモノイタは全部異なる厚さだったり、それぞれの魔獣で作ったものだった。

 クモの種類によってもわずかに品質が違う。

 厚さによっても物が変わってくるのである物手当たり次第に持ってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る