閑話・自覚無き心
最近特にお嬢様のため息が多い。
ふと窓の外を眺められては、物憂げにため息をつかれるのである。
原因が何なのかメイドたちがヒソヒソと話している。
やはり考えられる事情としてはあの誘拐事件。
お嬢様の心に大きな傷を残した大事件である。
頻繁にため息をつく姿を見てメイドたちは心の傷が癒えていないのだと考えていた。
しかしヘレンゼールの考えは違っていた。
大神殿から帰ってきてからというもの、お嬢様は魔法の鍛錬に勤しんでいる。
辛い記憶を忘れたいとか、もうあんなことがないようにとか、それもまた事件に関連付けてメイドたちは思っている。
私見を述べさせてもらえば、これは恋なのだとヘレンゼールは考える。
相手が誰なのか、考えるまでもない。
あの貧民の子供。名前を確かジと言ったか。
今までも人の目につかないように努力を行っていたけれど他の人の目にも見えるほど努力をし始めたのはジがきっかけだろう。
直接的にはジでなく大神殿で働いていた少女に対する対抗心というか。
ジの知り合いらしく甲斐甲斐しく世話を焼いていて、そのことを競うように世話を焼くことに対抗心を燃やしていた。
そこで働いていて常に世話を焼けて、以前からの知り合いでもある子に勝てるはずもない。
勝てるものは何かと考えていたところに相手が優れた魔獣の契約者だと知ってしまった。
魔力や魔法ならと考えていたリンデランはショックを受けた。
その上大神殿で神官たちがチヤホヤするほどの容姿も持っていた。
外から勝手に事情を推測して励ますわけにもいかないので声もかけられない。
持てるものを伸ばしていくしかない。
貧民の子なのだからもう会うこともないだろうにと思うけれど何も言わないでおく。
別に貴族と貧民の恋に反対なわけではないがあんな事件でもなきゃ接点がない関係。
こんな考えを持っているだなんて知ったらパージヴェルが怒るだろうなと思いながらヘレンゼールは職務を再開し始めた。
後日、ジがパージヴェルを介してヘギウス商団に接近したことを知ったり、貧民街までタとケを迎えに行ったりと関わり合うことがないだろうと思っていたけれど、どうにもまだ関わりは続きそうだ。
「ケちゃん久しぶりー!」
「リンデランお姉ちゃーん!」
なぜ子供の送り迎えなんか、と思わなくないが嬉しそうに抱き合う2人を見て、お嬢様が笑顔ならいいかと自分を納得させることにした。
同じ痛みを経験したもの同士だからケという少女とリンデランはあっという間に仲良くなった。
その姉妹でもあるタもすぐにリンデランと仲良くなり、屋敷の使用人たちもなんだかリンデランと双子にデレデレとしている。
元々リンデランには使用人たち、ヘレンゼールも含めて激甘なのだけれど双子が来てからというものさらに甘くなったような気がする。
タとケは貧民街の子供にありがちなスレたところがない。
なんでも笑顔でお礼を言って喜んでくれるし、何かをし甲斐があると言ってみんな進んで世話を焼きたがっている。
何をするか分からないので気を引き締めなくてはと思うけれど純粋な笑顔を向けられては邪険な態度も取れない。
しかし面白いのはケが助けてくれたジ兄と結婚するんだなんて言っていることである。
純粋無垢な発言、微笑ましいものだと思えるのだがリンデランにとってはまたライバルの出現になる。
手に入らないものなどないような生活を送ってきたリンデランにとってとても悩ましく、どうにもしようがないこと。
これを機に1つ精神的にも成長なさってくれれば良いのにとヘレンゼールは窓の外に見えるリンデランを見ながら思う。
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