おばちゃんの知恵3
ワがこれを思いついたのはおばちゃんからであった。
おばちゃんとはワを世話してくれている貧民街の年配女性でワにとっては母親も同然の人である。
そのおばちゃんの趣味は裁縫でワは毛糸を巻く作業を時折手伝ったりしていた。
輪っか状に巻かれた糸の中に両腕を通しておばちゃんがそれを巻き取って丸くしていく。
自分の腕にかけられた糸や糸を巻き取る様子からワはふと棒を使ってクモの糸を巻き取る方法を思いついた。
何回か失敗はあったけれど慣れれば簡単な作業で綺麗に巻き取ることができた。
少しでも弛ませるとクモの糸なのでくっついてしまうことが大変だけど頑張って真っ直ぐ糸を吐かせるよりも何倍も早く綺麗に板状に出来た。
要するに2本の棒で糸巻きをしたというだけの話。
「なるほどね……ふふっ」
なんだかおかしくなってジは笑う。
複雑に考え過ぎていた。
元々これをやっていたのは中小商団だった。
そんなに小難しいことをやっているわけがない。
2本の棒に巻き付けていく。
シンプルで難しいことはなく、誰でもできるし、出来上がりは綺麗だ。
「考えたのはワなんだって?
よし、ボーナスをあげよう。
お金がいいか? それとも何か欲しいものはあるか?」
ジでは一生辿り着かなかったかもしれない。
成果にはちゃんと報酬を出す。
従業員を搾取する商団主になるつもりはない。
「何でもですか?」
「俺に出来ることにしてな」
「その、よかったら……」
「よかったら?」
「リアーネさんに褒めてもらいたいです」
恥ずかしそうにモジモジとするワ。
本当の本当にリアーネのことが好みのタイプなのだな。
「頼めるか、リアーネ?」
「こんなにモテるなら戦争行かなくてよかったぜ」
先ほどよりも優しくワの頭に手を乗せる。
「良くやったな。
頭の良い奴は好きだぜ」
「えへへっ、あの、ギュッてしてもらっても良いですか?」
「うん? ああ、いいぞ」
だいぶ身長差のある2人。
抱き合っていると母親と息子、いいとこ姉と弟である。
もしかしたら、ワも恋愛的な好きもありながら母親的な目でも見ているのかも。
ワの母親がリアーネのような背の高い人でそれに無意識にリアーネを重ねている可能性もある。
一文字名前なので相当小さい頃から貧民街にいるはずで母親のことを覚えているのか定かではない。
まだ子供なのでどんな感情なのか本人もわかっていないみたいだけどなんだか幸せそうだし、後で別にボーナスでもあげよう。
「こっちきてください、ボス。
これを見たら俺にもボーナスあげたくなるはずですよ」
満足そうなワは置いといといて隣の部屋にニックスに連れて来られる。
「じゃーん、どうですか?」
「……お前の頭は俺が撫でてやる!」
「やめろぉ!」
隣の部屋にはなんと所狭しと置かれた糸巻き。
厚さや幅なんかを変えて色々試して作ってみたものがたくさん置いてある。
これなら準備できているも同然なのですぐにでも実験を開始できる。
「ただ、なんで棒がつきっぱなんだ?」
前の部屋に置いてあったのはちゃんと切り取って板のようにしてあった。
しかしこの部屋にあるものは2本の棒に巻き付けてある状態のままであった。
「それは……ちょっと大変で」
「大変?」
「表面がベタベタして弾力があるから簡単には切れないんだ。
ナイフでやってみたり剣でやってみたりしたんだけどダメで。
さっきのやつもどうにかユディットの剣で切ってくれたんだけど剣がベタベタになっちゃってもう2度とやらないって……」
見た目こそ白い塊だけどようはクモの糸。
高い粘着性を誇るのはどうしても仕方のないことであった。
切る方法まで見つけたのかと思っていたが最初の1つに限った力技だった。
「なるほどね。
心配するな、解決策はあるからね」
「ほんとうですか、ボス!」
「さらに、ニックスにもボーナスあげちゃいまーす」
「一生ついていきます、ボス!」
前の職場でボーナスなんてもらったことはない。
今もゆるゆるでやってるのに給料も出てボーナスも貰えるなんて夢のようだ。
元々かなりの金額もらってしまったし、かなりの期間家を空けて任せることになったのでみんなにボーナスをあげるつもりではいた。
帰ってきたらのんびりしようと思っていたのにそうも言っていられなくなった。
「一体お前は何をやっているんだ?」
クモの糸を棒に巻き付けてみたり、そんな糸の塊を見て感動していたりとリアーネにはとても理解ができない。
「まだこれだけじゃイタズラに使うぐらいだけどもうちょいいじくると貴族も欲しがる商品になるんだ。
ちなみに今見たこれを他のところで話すと商人ギルドから怒られるから気をつけてね」
「えぇ……マジでお前何者なんだよ?」
「ちょっと贅沢に暮らしたいだけの子供さ」
「ウソこけ」
ほんとただのガキじゃない。
怪しく笑うジを見て、ジのそばにいれば面白いことがありそうだと思ったリアーネであった。
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