おばちゃんの知恵2

 調べたなどと言われて光栄に思える人の方が少ないとジは思う。

 リアーネは悪びれもなく頭の後ろで手を組んで双子が掃除した天井を見つめた。


「子供のやることなんざ、そうそう噂になんてならないけどお前については色々聞けたぞ?


 それこそオッサンとの修行のこととか、なんかおまえん家まで貴族が迎えにきたとか何か暇な奴らはお前に注目してるらしいな」


 迎えにきた貴族とはタとケを預ける時にヘレンゼールが来たことだろう。

 グルゼイと修行はもう見せ物感覚でもあったし驚きもしない。


「ほんとなら戦争も始まるしどっちかに傭兵として参加するつもりだったんだけどさ、それもだめって言われてね。


 だから考えたのさ。

 何か面白そうなことはないかってね」


「それが俺ですか?」


「そう。


 あの後どうしてるかも気になったし、なんか面白いことでもやってねぇかなーって」


 やっぱり理由らしい理由ではなかった。


「しっかしまあ、小さい女の子囲んで暮らしてるたぁ、私もビックリだぞ」


「言い方!」


「おもってたよりも大所帯……隣の家もおまえのものなんだって?」


「この貧民街家が誰かの物ってことはないですよ」


「でも使ってるのはお前なんだろ?」


「そうですけど……」


「で、だ。


 何か面白いことねぇ?」


「ないです」


 面白いこととはなんだ。

 そんなことなんてそうそうあるものでもないし、ましていきなり来た人に面白いことを提供出来るとでも思うのか。


 リアーネの好みそうな面白いことはきっと荒事だろうから、そんなこと今のところ平和な貧民街にはない。

 それにしても予想外の展開にはなってしまった。


 過去不利な側にいながら一時戦争の英雄になったリアーネがいれば戦争も優位に、早く事が運ぶと思ったのにまさかの不参戦になるとは。

 敵でないだけ遥かにマシなのだが思い通りにはいかないものである。


「はっきり言うね。


 そんな簡単にあるとは思ってないけどさ……」


 肩をすくめてみせるリアーネ。

 それにしても孤児院出身だったなんて知らなかった。


「そうだな……暇なら稽古つけてくれないか?」


「稽古?


 お前をか?」


「俺じゃなくて、俺の……友達を」


「友達をか?


 私は誰かに教えた経験もないし、弟子を取るつもりも今んとこないぞ。


 まだまだ若いしな」


「実戦経験を積ませてやりたいんだよ。


 リアーネなら強いし良い経験になると思ってさ」


「ふーん……暇つぶしぐらいにはなるかな?」


 ジとリアーネは家を出て隣の家に行く。

 ユディットの家である。


「あっ、ボス」


「お久しぶりです、ボス〜」


「その呼び方やめてくれ」


 出迎えてくれたのはニックスとワ。

 本来この2人は逆側の家に住んでいるはずなのだけど昼間なのでクモの糸の練習をしていて、ちょうど休憩をしていたところだった。


 ボスという呼び方はワが始めたものでニックスも面白半分で真似し始めたのだ。

 どう見たってボスって感じでもないのにボスと呼ばれるとむず痒くて仕方ない。


 まだ商会を立ち上げたわけでもなく立場が曖昧なので、なんと呼ぶのかも微妙なところ。

 あんまり偉ぶった呼ばれ方はしたくないのだけど上下関係も必要ではある。


「そちらの女性は誰ですか?」


 流石に年上のニックスはしっかりしている。

 紹介のタイミングを逃したリアーネのことをちゃんと聞いてくれる。


「私はリアーネだ。


 なんでここにいるかと言うと、こいつに口説き落とされてな」


 ジの肩に手を回してウインクしてみせる。


「ボス、本当ですか!」


「な、ナンパってやつですか!」


 信じるはずがないと思っていたのに裏切られた気分。

 ワッと憧れの視線がジに向けられる。


「私のことをいい女だとか言ってくれるんでな」


「へぇ〜、ボスこんな人が好きなんですね」


「おっきいお姉さん、僕も好きだよ!」


 無邪気なワは本気で信じている。

 ニックスは最初はどうか分からなかったけど今は多分冗談だと気づいている。


「ありがとよ」


 リアーネがワの頭を撫でる。

 少し顔を赤くしているのを見ると意外と本気で大きな女性が好きなのかもしれない。


「ただ私はジのものだからな」


「へへっ、お姉さんは僕には勿体なさすぎます」


「ふふっ、最近モテてしょうがないな」


 ワがウソをついているのではないことは見ていて分かる。

 リアーネは嬉しそうだ。


「あっ、そうだボス、見せたいものがあるんです!」


 そう言ってワはリアーネとジの手を引いて作業室に連れていく。


「これは……!」


 そこにあったのは綺麗に板状になった糸。

 まな板ほどの大きさ厚さで触れてみると程よい粘着力と弾力があった。


「これはどうやって作ったんだ!」


 思わず興奮するジ。

 前に見た時の様子ではこんな風に出来上がるのは不可能だと思っていた。


「これはワの考えたやり方なんだ」


「ワが?」


 そう言ってワが2本の棒を取り出した。

 そして魔獣であるチバサを呼び出す。


 1本ずつ棒を持って先をそれぞれ内側に向ける。

 前に出した棒に糸をくっつけて腕を引き、もう1本を前に出す。


 棒に糸を引っ掛けるようにし、腕を回転させるように棒の前後を入れ替える。

 その動作を繰り返していき糸を棒に巻き付けていく。


 糸が弛まないようにピンと張りながら少しずつ糸をずらしてクルクルと棒を回していく。


「じゃじゃーん」


 今回は簡単にやり方を見せるために最後までやらない状態で終わらせる。

 横から見ると細長い輪っか状で、上から見ると糸が繋がって1つの板状になっている。


「そしてこの棒のところを何とかして切り落とすと……」


「こんな感じで糸の板が2枚、出来上がりました〜」

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