謀反7

 戦いの途中で気を抜いた方が悪いし、わざわざ示し合わせて戦いを再開することもない。

 卑怯だと言いたくなる気持ちも分からなくもないけれどどちらか気づいた方が先に動き出すのは当然のことである。


 あまり良くはないとジも思う。

 でも実力も魔力も及ばないのだしこれぐらい許してほしい。


 ニノサンが大きく飛び退いて距離を取る。

 これで再び仕切り直しとなり、2人が睨み合う。


 理由も分からないが魔獣同士は戦う気がない。

 結局は本人同士の戦いに帰ってきた。


「お前と僕の魔獣は相性がいいようだな」


 わざと剣を受けさせてニノサンが話しかける。

 視界の端に写っているフィオスとイレニアは戦い合う様子は微塵もない。


 しとやかにイレニアはフィオスの上に座って2人の戦いを見ている。

 相性がいいと言えばだいたい片方が大きく優位に立つ場面のことを指すものだが仲良くしているという意味で相性がいいだなんて戦いの最中で聞くことがあるなんて。


「魔獣の仲の良さに免じて戦うのやめない?」


 力のこもらない鍔迫り合い。

 さっさと殺すつもりだったのにジは思いのほか健闘してみせ、時間経てば経つほど戦う気が失せてきてしまう。


「決闘といっても何を賭けるのか決めていなかったな」


「お金ならいいですよ」


「そんな安っぽい決闘、今更つまらないだろう!」


 ニノサンが力を入れて、ジを大きく押し返す。


「昔から決闘と言えば賭けるのは名誉か命だ。


 裏切り者の僕に名誉なんてない。


 そもそも始まりは命をかけた戦いだった。


 当然賭けるのは命だ」


 誰もいない路地裏での決闘ならよかった。

 名誉を賭けた戦いだとのたまって適当なところで切り上げてしまっても構わないのだから。


 しかし戦場ではそうはいかない。


「勝った方が相手の命を貰えるということですね」


「そうだ。


 ……お前の命、僕が貰い受けよう!」


 ニノサンが消えて、ジがニヤリと笑った。


 最速で、苦しまずにジを倒してやるつもりだった。


 自分の速さを制御出来ない。

 体が縦に180度回転して、後ろが見えた時に原因が分かった。


 ジが反応できないほどの速度で接近したニノサンは足の裏に不思議な感触を感じて空中にぶっ飛んだ。

 何かを踏んだ。

 それはジの魔獣、スライムのフィオスだった。


 イレニアが座っていたはずのフィオスはいつの間にかジのそばに移動するとペタリと地面に広がっていた。

 フィオスに気づいていなかったニノサンはフィオスを踏んでしまった。


 ツルリと足元は滑り、フィオスの弾力、それと自身の速さによってニノサンは空中に投げ出された。


 空中では動きに制御が効かない。


「少なくとも俺の命は俺の物です」


 相手の動きを制限するつもりぐらいで考えていた作戦。

 フィオストラップ。


 フィオスはツルツルとして柔らかく、弾力がある。

 起きがけに横にいたフィオスに手を置いてしまって起き上がることに失敗したことが何度かあった。


 ニノサンの速さに対応することは難しい。

 けれどニノサン自身も自分の速さには完全に対応しきれていなかった。


 過去ではもっと直線的な動きだけでなく自在に速さを操っていた。

 なんにしてもまだニノサンも経験不足。


 ならばその速さを利用できるのではないかと思っていた。


 フィオスを呼び出したのはニノサンにフィオスを踏み抜かせて転ばせるつもりだった。

 ニノサンも魔獣を呼び出して、より不利になることも考えていたけど他に作戦もなかった。


 何故なのか魔獣同士が仲良くして、ニノサンの気がフィオスから逸れてくれたので助かった。


「えっ、ええっ?」


 あの速さで転がればタダじゃ済まない。

 かっこよくセリフを吐いて振り向いたジは顔を青くした。


 フィオスの程よい弾力、これが曲者だったのだ。


 滑っただけなら地面と近くすぐに激突する筈だったのに、フィオスの弾力のおかげでやや空中に向かうようにニノサンは投げ出されてしまった。


 位置関係はニノサンがいて、向かい合ってジがいて、その後ろに渓谷があった。

 渓谷に落ちていくニノサンと最後に目が合った。


 そんなつもりじゃなかった。

 なんとも呆気ない決闘の幕切れ。


 イレニアが渓谷に落ちたニノサンを追いかけていき、その場にはジとフィオスが残された。


「うっそー……」


 ちょっとだけ上がってくるのではないかと期待したけどそんなことはなかった。

 渓谷の下を覗き込む勇気も出なくて、ジはニノサンのことを忘れることにした。


 未来で王弟側の英雄となり、王弟が敗北したあとも逃げおおせたニノサンにこんな最期を迎えさせてしまった。


 罪悪感はありながらも今はニノサンを気にしている余裕もない。

 懐からもう1本毒の小瓶を取り出すと剣に毒を振りかけてジは未だに混戦続く中に入っていった。


「グッ……クッ……」


 とうとうヘンヴェイが膝をついた。

 ミノタウロスもグリフォンに押さえつけられて完全に勝敗は決した。


 勝負に負けても戦いには勝った。

 膝を着いても尚ヘンヴェイはニヤリと笑った。


「強いな……だから俺はお前が嫌いなんだ……」


「貴様の戯言を聞いている暇はない」


「ふふふっ、お前との勝負には負けたがこの戦いは俺たちの勝ちだ」

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