謀反6

「そんな……」


 絶望にジの胸が締め付けられる。


 橋がない。

 痕跡というか残骸というか、橋があったであろう跡はある。


 しかし端っこのわずか部分だけを残して、橋はなくなってしまっていた。

 敵の兵士たちにさえぎられて見えなかった後ろ側には絶望が広がっていた。


 みんなになんと伝えればいい。

 助けが来ることを期待して不利な戦いに挑み続けている。


「おーい!」


 ガックリとうなだれる少年に目を向けるものはいなく、戦いは続く。


 落ちた橋、渓谷の反対側に見える光景は既に始まっている戦闘。

 その手前に戦場に不釣り合いな年頃の少年。


「君はどっち側だー?」


 思い切って声をかけてみる。


「…………俺は、王側だ!」


 渓谷の向こう側に馬に乗った男性が1人。

 どっち側と問うたその意味をジは一瞬で理解した。


 味方はもう向こうまで来ていたのだ。


 渓谷は想像以上に大きく、とても飛び越えられる距離ではない。

 味方がいたとしても希望になりえないのだがそれでもジは必死に手を振った。


「俺はビクシムだ! 王に伝えて欲しい。


 準備は出来ました、と!」


 なんの準備か、聞き返すことも出来ず男は馬を返して行ってしまった。

 しかしこれは伝えなきゃいけない。


 そんな思いに駆られてジが振り返る。


「決闘の続き。今ここで果たそうか」


 すっぽりと頭の上半分を包むヘルムを被った兵士。

 ヘルムの奥の青い瞳が真っ直ぐにジを見つめていた。


「前回は名乗れなかったけど今ならいいだろう。


 僕はニノサン・ハプセル。


 命をかけた決闘を始めようか」


「……また今度じゃダメかな?」


「1度先延ばしにしているんだ、次もいつ会えるか分からないからな。


 ……それに訳の分からない伝号を伝えさせる訳にもいかない」


「ははは……聞いてました?」


「ここで王を討つ。


 そのために不穏な動きは排除させてもらう」


 集中するんだ。


 目の前から消えたニノサンの軌道を予想して剣をあげる。


「やはり素晴らしい才能だな」


 剣から火花が上がる。

 なんとか防ぐことに成功した。


 ジを通り過ぎて後ろに立つニノサンは感心したような表情をうかべる。

 ヘレンゼールが特殊なだけでほとんどの人はニノサンの速さに対応することは出来ない。


 なのにジは数回見ただけのニノサンの動きに対応し始めている。

 恐ろしい才能がある。


 スライムが魔獣なことがこれ程惜しいと思える子供は他にはおるまい。


「そんな才能を摘み取ることは本意ではないが……」


 明らかに今ニノサンとジは敵同士。

 決闘をしているのでもあるし、手を抜くことは出来ない。


「くっ!」


 スパリと腕が浅く切られる。

 1度防いだのにすぐさま2度目の攻撃に移られてジは防ぎきれなかった。


 しかしジもやられてばかりではなかった。


「やあっ!」


「……むっ!」


 今度は防ぐのではなくジから剣をニノサンに当てに行った。

 速いが何度も目にして慣れてきた。


 高速移動するためにニノサンは足に魔力を集めている。

 常に集め続けてはいるのだが消える瞬間より強く足に魔力が集まる。


 相手の動きは直線的。

 ヘレンゼールを参考にしてカウンター的に剣を繰り出す。


 もっとギリギリのタイミングを狙えれば良かったのだけれど数瞬のタイミングの出来事なのでそこまで調整できない。


 その上いとも簡単にニノサンにジの剣は防がれてしまう。


「フィオス!」


 ジがフィオスを呼び出す。

 フィオスがニノサンの顔に体当たりするがひょいとかわされる。


 卑怯だとは言わない。

 魔獣も本人の一部であり、攻撃手段や切り札となる。


「イレニア」


 相手が魔獣を呼ぶなら自分も魔獣を呼ぶ。

 戦いの基本。


 頭の大きさぐらいの淡く発光する女の子。

 ニノサンの魔獣は光の大精霊である。


 まだ大精霊になりたてというところだけれど下級の精霊とは比べ物にならない力を持っている。


「イレニア……イレニア!」


 呼び出されたイレニアはふわりとフィオスに近づく。

 ニノサンの意思や命令された行動ではなく、ニノサンの呼び掛けにも応じない。


 光の大精霊ともなればスライムの1体ぐらい簡単に消し飛ばせる。

 助けに行きたいけれどフィオスはニノサンの後ろにいて、向かうことは困難。


 何をするのかドキドキしながら見守っていると、イレニアはふわりとしたスカートの裾をつまんでフィオスに挨拶するように頭を下げた。

 ポヨンポヨンと飛び跳ねてフィオスはそれに応える。


 そして、イレニアはフィオスの上に座った。


「……?」


「イレニア……?」


 戦いのことを忘れてスライムと大精霊のほんわかした光景に呆然と見入る2人。


 何が起きているのか理解ができない。


「イレニア、そいつは敵だぞ!」


 ジもニノサンと同じことを思うのだが、イレニアは小首を傾げて戦う気はないようである。

 フィオスの考えは分からないけれど何故なのかフィオスはどこか誇らしげな様子にジには見えた。


「えいっ!」


「な、卑怯だぞ!」


「決闘の途中で卑怯も何もあるかぁ!」


 あまりの光景に2人とも毒気を抜かれた気分であったが一瞬早く立ち直ったジがニノサンを切りつけた。


 そこはさすがのニノサンも回避しきれず脇腹を切りつけられる。

 しかし素早い反応を見せたニノサンの傷は浅かった。

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