謀反5

 ジを見るグルゼイの目はまるで息子を心配する父親のような色が浮かんでいる。

 もっと簡単に逃げろと言ってくれればいいのに。


「俺が師匠を置いて逃げる弟子に見えますか?」


 もう未来は分からない。

 ここで全滅してしまう可能性だってある。


 王弟の性格次第ではジのような子供にも容赦ないことだってある。


 不確定でどんな選択肢にも自信が持てないなら自分が1番望む結末になるように立ち向かう。


 王様もグルゼイもルシウスもリアーネも、そしてジも、全員が生き残って帰れるようジは覚悟を決めた。

 みんなが逃げるなら逃げ、戦うなら戦う。


 過去では自分勝手で逃げてばかりだった。

 少しぐらい、王弟に立ち向かうぐらいはやってもよい。


「後悔するなよ?」


「もうここに来た時点で後悔してます」


「手厳しいな」


 はははとグルゼイが笑う。

 師匠と弟子、あるいは父親と息子のようにも見えた2人の会話を聞いてリアーネやこの戦いにジを巻き込むことになってしまったルシウスはジを守ろうと思った。


「危ない!」


「うわっ!」


「もう追いつかれたのか……!」


 ルシウスが隣にいた護衛を引っ張った。

 その直後護衛がいたところを矢が通り過ぎていき、木に突き刺さった。


 グルゼイが剣を抜き、森の間に見える追手に素早く接近すると切りかかっていく。


 遅れてリアーネやジ、他の冒険者たちも参戦する。


「どうやら追いつかれたというには性急すぎるな」


 追手の人数は少ない。

 それでもジたちよりは多かったのだがこの人数だけを送り込んだとは思えない。


「足の早い馬を選んでとりあえず送り込んだのだろう」


 こちらの時間はないのに決死の抵抗で追いかける時間を稼がれてしまった。


「早く行こう」


 血で濡れた剣を綺麗にする暇もなく一行は移動を再開する。

 馬を奪っていこうと思ったが追いかけるのに酷使された馬はすぐに乗っていけるコンディションじゃなかった。


 もう少しで橋に着く。


 ルシウスの言葉にみんなの顔に希望が見え始める。


「ルシウス・ゼレンティガム!」


 森を抜けて橋に続く道に出る。

 道の先に鎧を着た男性が立っている。


 先ほどの追手の数よりも多い人数が道を塞ぐように立ち塞がっている。

 矢を番えすでに引き絞られた弓がジたち一行に向けられている。


「もう回り込んでいたのか!」


「あれは、ヘンヴェイ・ジャクレオン」


 4大貴族の1人で西の国境線を守る貴族のヘンヴェイ・ジャクレオン。

 未だに機を狙う隣の帝国を放って国を守るはずのヘンヴェイがここにいるということにルシウスは驚きを隠せない。


「守れもしないのに王を守ろうとなんてしないでこちらに付かないか?


 そうすれば命は助けてやろう」


「国を守る役目を忘れた裏切り者が何を言う!


 命をかけて私は主君を守る!」


「はははっ、相変わらず頭が固いな。


 ならばその大好きな王と死ぬがいい」


 ヘンヴェイが手を振り下ろし、指示を下す。

 一斉に矢が放たれる。


「なめるなぁ!」


 ルシウスが自分の魔獣であるグリフィンを呼び出す。

 グリフィンは翼を羽ばたかせ魔法で風を発生させる。


 何十本という矢が風で吹き飛ぶ。


「ウィンドブロー!」


 ルシウスが風を纏わせた剣を突き出すと、暴風の奔流がヘンヴェイに向かう。


「ぬううん!」


 逃げようとする兵士たちより1歩前に出たヘンヴェイが持っていた大きな斧を振る。

 斧と魔法がぶつかり、暴風が吹き荒れる。


 風が止んだ時、ヘンヴェイは1歩も動くことなくその場に立ち続けていた。

 倒すつもりの一撃だったのに事も無げに防がれてしまった。


「あの1番厄介な男は私が相手しよう」


 ヘンヴェイも魔獣を呼び出した。

 牛頭人体でヘンヴェイと同じく大きな斧を持った魔獣、ミノタウロスがヘンヴェイの魔獣であった。


「俺は昔からお前が気に入らなかったのだよ!」


 ヘンヴェイの斧とルシウスの剣がぶつかり合い、遅れてグリフィンとミノタウロスも衝突する。


 ルシウスを倒さない限りは弓矢は通じない。

 追手の兵士たちも弓を投げ捨て剣を抜く。


「この人数相手だと厄介だな」


「全員私の剣の錆にしてくれるわ」


「誰か1人でいい、橋の向こうに行って知らせるんだ!」


 戦いながらルシウスが叫ぶ。

 待機させていた部隊はもうかなり接近してきているはず。


 勝手に隣の領地に踏み込む名分がまだないので踏み込めないでいるはずなので王が近くまで来ているという名分を与えて欲しい。


「ジ、俺が道を作るから伝える役目、頼めるか」


「師匠!」


「小柄なお前の方が可能性があるだろ」


「私も手伝うから早く助けを呼んできてくれよ」


 敵味方が入り交じり始める。


 反論している時間はない。


 グルゼイとリアーネが暴れて敵が気圧される。

 その隙をついて間を縫うようにジが移動していく。


「このガキ!」


「弟子に触れるな!」


「行かせるか!」


「お前どこを見ている!」


 ジを行かせまいとする兵士たちをグルゼイとリアーネが切り倒す。


 ジは敵の群れを転がるようにして抜け出して反対側に出た。


 橋はもう目の前にある。


「これは……」


 橋があったところは目の前にあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る