嵐の前1

 キャスパンは農耕地帯である。

 人の手が入らないところは草原、人の手が入ったところは畑が広がり、魔物も多くない穏やかな土地である。


 人口も多くなく目立った観光地といえば今ジが窓から見ているキャスパン城ぐらいである。

 小高い丘の上に立つ古城、それがキャスパン城である。


 昔は防衛拠点だったキャスパン城は今は主人の住まわない城である。

 管理はされているので見た目綺麗に保たれてはいるけれど古さは隠せていない。


 使われることない城だったのだが今回のお話の舞台はあのお城である。

 悲しいかな、兄弟が幼少期を過ごしたあの城は兄弟の決別の地になってしまう。


「ジ、少し周りを見ておこう」


 グルゼイに言われて家を出る。

 ここはジラムが借りた空き家である。


 他にも冒険者を雇ってはいるがまだ来ておらず合流していない。

 宿を1つ貸し切るよりも安く、身を隠しやすいのでたまたま空いていた家を口止め料も含めて高値で借り上げた。


「しかしこんなところで何が起きるんだ?」


 グルゼイは歩きながらポツリとつぶやく。

 周りには視界を遮るものもない。


 町は祝いのためかにわかに活気付いているが平和そのものである。

 確かに怪しさを感じる招待ではあったがルシウスの心配しすぎではないか、そんな風にしか思えない。


「あれは……なんだ?」


 グルリと城を中心にして町の反対側にやってきた。

 そこには石の建造物らしきものがあった。


 残っているのは円形の土台だけで元の形は押しはかることができない。


「なるほど。


 これがなんだか分かるか?」


「これですか……ちょっと分かりません」


 丸く並べられた石だけでは何かがあったことは分かっても何があったかは分からない。


「これは監視塔の跡だな。


 戦いで崩れたのか自然に倒壊したのかは分からないがな」


 そう言われると確かにそんな建造物があったようにも見える。


「……あっ!」


「どうした、何かあったか?」


「い、いえ!」


 ただただ戦いの時に思いを馳せるような光景であったのだが、そこでジは思い出した。


 思わず声を出してしまって慌てて誤魔化す。


「い、家の跡みたいなものもありますね」


 周りを探すと監視塔横に家の跡もあった。

 わずかに壁が残っていて、草に覆われたテーブルが寂しく佇んでいる。


 聞いた通りだ。


「本当だな。

 きっとこれは監視塔の交代要員とかそんなことのための家だったんだろうな」


 興味もなさそうにグルゼイが廃墟を覗き込む。


 その後グルリと城の周りを一周したけれど本当に何もなかった。

 これで金が入るなら楽な仕事だとグルゼイは思ったが弟子に何かしらの経験を積ませるつもりだったのに少し当てが外れた気もしていた。


 家に戻ると他の冒険者も集まっていた。


「子供連れか……まあいい、俺の邪魔はするなよ」


 人数を揃えることはできないので量よりも質。

 それぞれ軽く自己紹介をすると1番高ランクの冒険者の男がチラリとジを見て露骨に舌打ちをした。


「冒険者ランクと品格は比例しないもんだな」


「なんだと!」


 そんな冒険者に食ってかかったのは女性の冒険者だった。


 男も体つきはいいのに女性冒険者の方が大きい。

 赤に近い茶髪を一つにまとめた女性冒険者は臆することなく男に近づいて見下ろす。


「おっ、やるか?」


「女だからって手を抜くと思うなよ?」


 一触即発の空気。

 やり合ったら勝つのはどっちだろうかとジは2人を見る。


 おそらく女性冒険者の方が強い。

 男も弱くなさそうだけど無駄のない立ち姿をしている女性冒険者に見惚れてしまいそうになる。


「お二方、喧嘩をなさりたいなら仕事が終わってからにしてもらえますか?」


 そんな2人の間に割って入ったのはジラム。

 槍を間に差し入れて距離を取るようにうながす。


「わーたよ。喧嘩しに来たわけじゃないからな」


「チッ……この女とは別の部屋にしてくれ」


「分かりました。


 まだ時間はありますので待機していてください」


 男は荒々しくドアを閉めて家を出て行った。


「ふん、あんなのがBランクとは笑わせるね。


 ……ごめんね、勝手に私が突っかかっていって」


「いいえ、ありがとうございます、綺麗なお姉さん」


「ふふっ、そんな風に言われたのは初めてだ。


 デカいとかブサイクとか言われたことはあるけど綺麗なお姉さんか、お世辞でも嬉しいもんだね。


 私はリアーネだ。よろしくな、ボウズ」


 照れ臭そうに頬をかいたリアーネは腰を折ると手を差し出してジに握手を求めた。

 確かに男っぽくて可憐さには多少欠けているかもしれないけれどブサイクというのは無理だろうとジは思う。


「俺はジです。よろしくお願いします、リアーネさん」


「リアーネでいいよ、ジ。


 手を見れば分かるさ、まだ子供なのに努力しているようだね」


 リアーネの求めに応じて握手をする。


 ジの手は最近剣を振る練習をしているのでマメができていた。

 子供らしくないその手にリアーネは内心驚いていた。


「リアーネ……」


「そう、危なくなったら私のところに来な、守ってやるから」


 どこかで聞いたことがある名前だったので思わず呟いてしまった。

 ニコッと笑ってリアーネはジの頭を撫でた。

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