閑話・未来が変わった時
「おいで」
ソファーに座ったルシウスがポンポンと自分の横を手で叩いて来るように言う。
「はい」
ウルシュナはおずおずとルシウスの隣に座る。
襲撃事件の後しばらく謹慎状態だったのだが、父親が帰って執務室に呼び出された。
「怪我はなかったかい、ウルシュナ?」
ルシウスの目は優しくウルシュナを見ている。
あんまり自分は悪くないと思うのだが思いつきで行動してリンデランやジを巻き込んでしまった。
ペクトは死にかけたし責任の一端は自分にある。
てっきり怒られると思って来たのだがルシウスは優しくウルシュナの頭を撫でる。
基本的に声を荒らげるところを見たことはないのだけど関係のない人を巻き込んだことを何かしら言われると覚悟はしていた。
「今回のことはタイミングが悪かったとはいえ、少し考えて動くべきだった」
「……はい」
襲撃事件の実行犯はほとんど倒されてしまい、もしくは逃げてしまった。
誰一人として身元も分からず所属を表す持ち物も犯行声明もなかった。
外出もウルシュナの突発的行動だとは聞いてはいるけれど襲撃してきた人数や身元不明を徹底していることから計画的な犯行であったことが推測できる。
準備をしてウルシュナを監視していたのだろう。
つまりたまたまヘギウスのお嬢様がいたタイミングで起きた事件だっただけでいつか起こりうる襲撃だったのだ。
常に家の中に居ろとは言えないのでそうした意味では避けようもない出来事だった。
けれども自分の護衛がいるからと慢心して他家のお嬢さんを連れまわして巻き込んでしまったことは事実。
襲撃犯の目的は定かでないとあちらが事を荒立てなかったから良いものの五月蝿く騒ぎ立てる者だったら面倒だ。
それに襲撃の目的が成功していたら……と考えると背筋が凍る。
「流石に今回のことは不問とはいかない。
そうだな、せめてペクトが快復するまでは外出禁止だ」
「そんな……お父さん!」
「ただしだ、向こうが許してくれるなら謝罪に行くのは良しとしよう。
護衛もたくさん連れて、外出に連れ出さなきゃな。
本当は完全に外出禁止のつもりだったのだぞ?」
ウルシュナがリンデランと仲が良いことは知っている。
あまり押さえつけすぎると反発して何をしでかすのか分からないので許しが得られるならと謝罪のための2つの条件を付けて逃げ道を作った。
ヘギウスは怒っていないので許しは出るだろう。
「うっ……分かった……」
相手から先に譲歩されてはウルシュナもワガママは言えない。
「とりあえずお前が無事でよかったよ」
ルシウスはウルシュナを抱きしめる。
妻がいない今、ウルシュナを守るのは自分なのだとルシウスは強く感じていた。
「今日の用事はこのことだったから部屋に戻りなさい。
大人しくしているんだよ」
「あっ、お父さん待ってください。
1つ聞いてほしいことがあって」
「聞いてほしいこと? なんだい?」
「えっと最後まで聞くことと理由を聞かないこと、誓ってほしいんだ」
「何を変なことを言うつもりだい?
うーん、分かった。
私、ルシウス・ゼレンティガムはウルシュナの言葉を最後まで聞き、理由を聞かないことを誓おう」
胸に手を当ててルシウスがウルシュナに誓いを立てる。
単なる宣言で効力もないけれど騎士の鏡のようなルシウスは単なる宣言でも破るようなことはしないとウルシュナは知っている。
「これ、見てほしいんだ」
「これは……なんだ?」
少し厚い紙。
ウルシュナが取り出したもので最初は謝罪文かと思った。
しかし紙が厚いのは何枚もあるからではない。
何重にも折られているから重なって分厚くなっている。
だとしたら手紙でもない。
折り畳んでいるなら大きな紙なことが分かるがそんな紙で手紙をしたためることはまずない。
ウルシュナがテーブルの上に紙を広げた。
「これは……」
流石に人生の経験が違う。
ルシウスは一目見てこれが図面だと気がついた。
「ウルシュナ、こんなものどこで……」
「お父さん、何も聞かないで」
「しかしこれは……」
子供のいたずらにしては度が過ぎている。
「聞いて。
これはキャスパンって言うお城のものらしいけどここに赤い印があるでしょ?
ここの壁を壊すと隠し通路があるんだって」
「何?」
「きっと役に立つはずだから覚えておいて、だって」
「どう言うことだ……」
「それは、ちょっと言えないんだ。
お父さんも誓ったし聞かないでね?」
そういうわけにはいかない。
お城の図面なんてどこで手に入れて隠し通路の話なんてどこで聞いてきたのか。
聞かないわけにはいかない内容である。
「しかしだな」
「お父さんが約束破るなら私も大人しくしてないから」
「なっ、ウルシュナ!」
「だーめ! それじゃあ私は行くから」
「ウルシュナ……」
残されたルシウスは再び図面に目を落とす。
後で調べさせたが図面は古いものだが偽物ではない。
城の図面なんてルシウスでも簡単に手に入らないので本当にキャスパンの城のものなのか確かめようもないけれど空想で作るにはしっかりした図面だった。
この話を聞いた後、ルシウスは国王からキャスパンで開かれる王弟の誕生の祝いに護衛として同行することを命じられたのであった。
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