遠征2

 なんでもこなす男、ヘレンゼール。

 戦いから子どもの送り迎えまでなんでもござれ。


 わざわざヘレンゼールが双子を迎えに来た。

 リンデランが来るのは危ないので来ないことは分かるのだが馬車で貧民街に来て家に横付けして迎えに来るのはやめてほしかった。


 服やなんかは向こうが用意してくれるというので手ぶらで双子を送り出した。


「では俺たちも行こうか」


 リュックに荷物を詰め込み、ジとグルゼイも出発した。

 ユディットもお付きのものとして来たがっていたのだが家の留守番を任せた。


「それでどこに行くんですか、師匠?」


「そうだな、まずは依頼主のところに行こうか」


「依頼主って誰ですか?」


「行けば分かるさ」


 そればっかり。

 しょうがないのでとりあえずグルゼイに付いていく。


 知り合いとは言ってもギルドを通してでなく個人で冒険者を雇うということはそれなりにお金持ちであることが推測できる。

 グルゼイが向かっているのも平民街。


 どこに行くのか、相手は誰なのか、少ない情報から推測しながら歩いていると平民街を抜けて貴族街に入ってきてしまった。

 相手は貴族か。


 ズンズンと進んでいくグルゼイに不安を覚える。

 貴族街の奥に進むということはその分貴族の格も上がっていくことになる。


 段々と家の間隔が空いて大きな邸宅や庭を持つ家が増えていく。

 貴族街をほとんど知らないジだがこの辺りは少しだけ知っている。


 なぜならもう少し行ったところにはリンデランの家、ヘギウス家の邸宅がある。


「ここだ」


「ここですか……」


 着いた家はデカい。

 ヘギウス家にも匹敵するほどの規模を誇っている。


 ジは貴族に興味なかったので門に掲げられた家紋だけではどこの貴族なのか判別することができない。


「何かご用でしょうか」


 門番がグルゼイに尋ねる。


「グルゼイが来たと家主のルシウスに伝えてほしい」


 なんだか聞いたこともないこともない名前。

 門番が1人中に入って用件を伝えると程なくして門が開く。


「どうぞお入りください」


 過去においても師匠は口が軽い人ではなかった。

 特に、自分の過去について語りたがらずジも知らないことが多い。


 貴族は嫌っていると思っていたのに一体どこで知り合って仲良くなったのか。


「師匠ここって……」


 目があった。

 珍しく父親に来客があったと聞いて窓から確かめてやろうと顔を出していたウルシュナとジの視線が合う。


 言葉が聞こえずとも何が言いたいか分かる。


「なんであなたがここにいるのよ!」


 ジもそれが知りたい。


「おお、グルゼイ、よく来てくれた」


 わざわざ玄関まで出迎えに来てくれた金髪の男性。

 美形な顔つきをしていてどことなくウルシュナと似ている。


 ウルシュナには兄が2人いて、もう成人している。

 少し遅い時に生まれたのがウルシュナなのにルシウスの見た目は若い。


 年齢なんて分からないけれど推定される年と見た目の年が乖離している。


 2人は軽く抱擁をかわす。


「君がグルゼイの弟子か。


 話は少しだけ聞いているよ。


 すごく優秀な子だってグルゼイが褒めていたよ」


「ルシウス、あまり弟子を甘やかさないでくれ。


 これまで厳しい師匠で来たんだから」


 少し照れたようなグルゼイ。


 あんまりそうしたことを態度に出さないから知らなかったけれどそう思ってくれていたのかと嬉しくなる。  


「調子に乗るなよ?


 お前もまだまだだからな」


「はーい」


「顔が緩んでるぞ……」


 嬉しいものは嬉しいのだからしょうがない。


「うちの娘も結構腕が立ちましてね、紹介しましょう。


 どうぞ中へ」


 相手がルシウスなのは分かったのだが、何だかそこはかとなく嫌な予感がする。

 こんな時に感じる嫌な予感は大体外れがない。


 応接室に通されてグルゼイとルシウスの前には紅茶が、ジの前にはジュースが置かれる。

 子供ということを配慮してだろうがグルゼイが羨ましそうにジュースに視線を向けた。


 甘いものが好きなグルゼイは紅茶よりもジュースの方が良かったのである。

 しかしジも貴重なジュース、しかも自分に出してくれたものを師匠に差し出すわけもなくグビリと一口。


 大人のプライドなのか、グルゼイは出された砂糖をスプーン小盛りに1杯だけ入れていかにも飲み慣れているように紅茶を飲む。

 本当はもっと入れたいはずなのだから入れればいいのに。


 ルシウスなんてスプーン大盛りに2杯砂糖を入れた。


「はは、甘いものが好きでね。


 物流が安定してようやく砂糖もだいぶ値が下がってきて、手が届くようになったよ」


 それでも砂糖はこの国で作られていないので高級品だ。

 山盛り2杯の砂糖を簡単に入れられるような経済力はジにはまだない。


 堂々と甘いものが好きと言って砂糖を入れるルシウスを待ってから砂糖を入れればよかったとグルゼイは後悔した。


「まずは仕事の話をしようか。


 弟子の君も行くみたいだから話は聞いておいた方がいいだろう」


 何も知らないまま送り出されることがなさそうで助かった。


「グルゼイにやってもらいたいのは護衛の裏部隊として待機していてもらいたいんだ」


「護衛の裏部隊として待機?」


 グルゼイが顔をしかめる。

 ジも何を言われているのかよく理解ができない。

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