遠征1
「弟子よ、依頼にお前も連れていくことにした。
オランゼの許可は取ってある。
タとケをどこか泊める場所を探しておきなさい」
朝の鍛錬を終えたジにグルゼイが前触れもなく告げた。
いろいろ聞きたいことはあるけれど鍛錬終わりでグッタリとしたジは何も聞くことが出来なかった。
ちゃんと話を聞いてみると2日後から数日間家を空けるのだと言う。
古い知り合いに出会い、直接護衛の依頼を受けたとのことだった。
最近双子相手に財布がゆるゆるすぎてお金が心配になってきたところに高額の依頼料を提示された。
友人の頼みだし断る理由もない。
場所については、行けば分かると教えてもらえなかった。
オランゼの許可を取ったとは、そのままの意味であった。
ジが働いている場所を伝えてはいたけれどまさか直接話に行くとはなんて思っていた。
ジが誘拐された時にグルゼイはオランゼの元にいると思い、オランゼのところを訪ねていた。
その時に大婆のフォークンが来て事の次第を伝えたのでそのままグルゼイはジのところに向かった。
後々騒がせた謝罪をしに行って、それからジを渡り橋にした不思議な交流が少しだけ生まれていたのだ。
ジが抜けるのはオランゼ的にも痛いが、ジの提供してくれた技術によって苦情がグッと減った。
長期間抜けられるのでなければと直談判の結果決まってしまっていた。
家を空けることになる。
タとケを家に残していくのが心配なグルゼイは誰か預かってくれる人も探せと言う。
自分で探せよと思うのだが人付き合いが苦手なグルゼイにはそんな子供を預かってくれるツテがなかった。
「じゃあ私もお泊まりする!
どうせお父さんいないし」
ユディットに預けようかと思ったのだがその前に試しにお願いしてみることにした。
先日の襲撃騒動のために再びヘギウス家にジは呼び出されていた。
当事者ということでウルシュナもその場にいたのだがジはリンデランに2人を預かってくれないかと頼んでみた。
同じ傷を負った2人だ、夜も支えあって寝られるかもしれない。
そしてリンデランが返事をする前にウルシュナのこの返事である。
ウルシュナは先日の件があって外出禁止となっていた。
リンデランの家は安全ということで特別に許されていたがウルシュナは暇でしょうがなかった。
「えっとお祖父様に聞いてみます」
リンデランが席を外してパージヴェルのところに向かった。
孫に甘いパージヴェルのことだからリンデランがそうしたいと言えば許可は下りるだろう。
「あっ、そうだ!」
「んっ?」
相変わらずヘギウス家に行くと良いものを出してくれる。
パクパクとお菓子を食べるジを眺めていたウルシュナが思い出したように声を上げた。
「頼まれてたことちゃんとやったかんね」
「ああ、ありがと」
「軽ぅー」
ジがやったことは種まきみたいなもんだ。
そこから芽が出るか、出ないかは分からないのだ。
「まあいいや、あの地図お父さんに取り上げられちったけど大丈夫だよね?」
「あげるつもりだったから構わないよ」
「良かった〜、そんところ聞いてなかったから返せって言われたらどうしようかと思ってた」
「あんなもん俺が持ってても使い道ないしな」
「ふーん、なんであんなの持ってるか私すごい詰められたけど秘密は守ったかんね」
「ありがとう」
ジは手に持っていたクッキーをウルシュナに差し出す。
人ん家で出たお菓子がお礼代わりになるわけもないけど、軽い冗談みたいなものだ。
「アーン」
「アーン?」
「ほら、女の子が口開けて待ってるんだよ、アーン」
「な……う、アーン……」
一瞬ためらったけどウルシュナの口にクッキーを放り込んでやる。
ここで引いたら負けな気がしたのだ。
「ふふん、美味しい。
このちょっとだけ不恰好なクッキーあるでしょ?
これはね、なんとリーデの手作りなのだ!
ジ君が来るからって……」
「ウーちゃん?」
「リンデラン、お菓子作りの腕上げたね」
「何してたのかな?」
リンデランは会話はあまり聞いていない。
ジがウルシュナにアーンしていた光景を遠くから目撃してしまっていた。
「ウーちゃんは泊めてあげません!」
「わーん、ごめんってー!」
リンデランに縋り付くウルシュナ。
許可はもらえたみたいだ。
「これ、リンデランが焼いたのか?」
お願いを聞いて父親に話はしてくれたみたいだし助け舟を出してやる。
少しだけ他のクッキーと比べると手作り感があるクッキー。
しっとりめで甘めに作られていてジの好みでつい手を伸ばしていた。
「あっ……はい。
そんなに上手じゃないかもしれませんが……」
恥ずかしそうにするリンデラン。
他の物は既製品か家の料理人が作った物だろうけど味に遜色はない。
ジにとっては味が好みの分、リンデランのクッキーの方がいいぐらいである。
「いや、すごく美味しいよ」
「本当ですか!?」
実はこのクッキー、ジを研究して作ったものだった。
神殿での入院中の差し入れや先日家に呼んだ時によく食べた物を調べてジの好みのを研究して料理人が考えたクッキーをリンデランが練習したものだった。
ジの好みに合っていて当然のものだったのである。
「リンデランは料理も上手なんだな」
「そ、そんなこと……」
頬に手を当てて赤くなるリンデラン。
ジがウルシュナに視線を送る。
機嫌は良くしてやった、あとは自分でなんとかしろ。
別に思いもしない褒め言葉を並べたのではない。
クッキーは本当に美味しいのでちゃんと真実味のこもった感想である。
「ここで寛大な心で優しさを見せることも大事だと思うよ、うん」
白々しくウルシュナがリンデランをおだてる。
子供だから仕方ないけどもっとやり方があるだろ。
「むう……しょうがないですね」
しかしここで素直にいうことを聞くのがリンデランの良いところだ。
「優しいな、リンデランは」
もういっちょ助け舟を出しておく。
「へへ、そうですか」
照れるリンデランの後ろでありがとうと両手を合わせるウルシュナにはため息しか出なかった。
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