両手に花を抱えて5

「あなたが何者かは知りませんが強者との戦いの経験が不足していますね。


 私が強者、というわけではありませんが」


 男が不快そうな顔をするが防がれているので反論することもできない。


「どうしますか?


 このまま私と戦うか、大人しく捕まるか選んでください」


 ヘレンゼールは男に剣を向ける。


「……時間だから帰らせてもらおう」


「それはいけませんね。


 こんなことをした黒幕のお名前、吐いていただきますよ」


「俺を捕まえられるなら教えてやろう」


「それは難しいですね。


 追いかけっこも得意ではないんですよ」


 ヘレンゼールの言葉を最後まで聞くことなく男は消えてしまった。

 追いかけたところでヘレンゼールの脚では追いつけない。


 目的はリンデランを守ることであり、犯人を捕まえることではない。

 ヘレンゼールはすっぱりと男を追いかけることを諦めてリンデランの方に行く。


「大丈夫ですか?」


「いや、恥ずかしいんだけど……」


 リンデランは怪我の世話をしようとジの服をめくっていた。


「うわぁ……痛そう」


 ジの腹は青紫になっていた。

 それほど強く殴られたのであった。


 子供にも容赦がない。

 むしろ気絶できたら楽だったのにと思えるほどの痛みで汗をかく。


 骨まではいっていないが鈍い痛みがずっと続いている。


 ジの腹を見てウルシュナがドン引きした顔をする。


「待ってください。


 今冷やしますので」


 リンデランがジのお腹に手を当てて魔力を集中させる。

 手によってほんのりと温かく感じていたのがすぐに冷たく変わっていく。


 冷たさで少し痛みが和らぐ気がする。


「エさんのように治療は出来ませんがこれぐらいなら、私でも出来ます」


 どうしてここでエの名前が出てくるのか知らないが今はそんなことよりも冷たさが気持ちがいい。


「申し訳ありません。私がもう少し早く来ていれば」


「ヘレンゼールさんが謝ることではないですよ。


 来てくれなかったら今頃俺は死んでますしね」


 殴りつけてきたことを鑑みるに殺されはしなかった可能性もあったが瀕死にはされただろう。


「こんなことならパージヴェル様を……いや、また町を破壊されては敵わないのでこれでよかったでしょう。


 またもお嬢様の命を助けてくださいましたね。

 ジさんには恩ばかり増えていきます」


「今日は助けてもらったのでおあいこでしょう」


「私は少し戦っただけですから。


 そのようにお体を張って時間を稼いだのに比べれば何もしていないようなものです」


 そんなことはないだろう。

 反論したいところだけれど声を出すと腹に響いて痛いのでこれ以上の恩の押し付け合いは止める。


「なんだか私も助けられちゃったね」


「いろいろ奢ってくれた礼だと思ってくれ」


 照れ臭そうにするウルシュナ。

 自分が男の子に助けてもらうだなんて思ってもみなかった。


「お嬢様ー! 大丈夫ですかー!」


 他も片付いたのかウルシュナの護衛たちが集まってくる。


 ジはそれなりに重症ということで再び大神殿に運び込まれた。

 今度は入院することはしないで治療だけで済んだのだがエに見つかってしまい、怒られた。


 さらにリンデランとウルシュナといたことも知られてしまい、非常に強い力でお腹に湿布を貼られてジは1人悶絶していた。


 なんだか2回目の人生怪我してばっかりだ。


 ついでというと悪いが、何とペクトは生きていた。

 ザックリと切り付けられて瀕死の重体だったのだが何とか一命を取り留めた。


 男の方も焦っていたのかトドメまではささなかった。

 あるいはペクトが想像以上に丈夫だった。


 抵抗が激しく敵を生きたまま拘束することができずに襲撃の黒幕は分からずじまい。


 大事には至らなかった事件なのでひっそりと処理され、ジもしっかりと口止めをされた。

 また口止め料や慰謝料、感謝料としてお金を貰ったのだが自分の体を売ってお金を得たようななんとも言えない感覚になった。


 この襲撃事件の黒幕が誰なのか、ジは予想ができている。


 しかしそれを誰かに言うことはなかった。

 違う可能性もあるし、証拠の提示もできない。


 どうして知っているのか聞かれたとしても、未来でこんなことが起こるからですなんて説明しても信じてもらえるはずもない。


 細かいところの未来は変わっている。

 けれども大きな流れ、大きな事件はこのまま起きるようだとジは感じていた。

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