両手に花を抱えて4
まだ幼いが判断が素早く目つきも悪くない。
貴族の娘2人と一緒にいるということはこの子供も貴族だろうか。
魔獣は残念だが剣の腕は相当上達しそうだ。
殺すのが惜しいぐらいに、そう男は思った。
しかし邪魔をするなら殺さねばならない。
「け、決闘を申し込む!」
何もしなきゃただ殺される。
必死に知恵を絞って時間を稼ぐ方法として口に出たのがこんな言葉だった。
結局事態が変わることのない申し出。
若干名誉の死っぽくなるだけで戦う宣言をしてしまったことになる。
「……素手で決闘をするというのか?」
「いや……俺の武器は剣だけど今は持ってない……」
意外なことにただ切り倒すだけではなく決闘という形式で戦ってくれるつもりのようだ。
ただジは戦うつもりで家を出ていないので武器になりそうなものも持っていなかった。
ユディットがいたらあの魔剣でも借りたいんだけど、でもユディットがいたら真っ先に切り掛かっていってやられていたかもしれない。
「いいだろう、少し待て。
逃げたら問答無用で殺す」
そう言って男は消えた。
そしてすぐ戻ってきた。
「使え」
ジの前に剣を投げ捨てる。
ペクトかもう1人どちらかの剣だろう。
拾って何回か振る。
体を鍛えてだいぶ力はついてきたとはいえ子供の体に大人の剣は重い。
「決闘だが名前は教えられないから名乗りはしない。
悪く思うなよ」
貴族を襲う奴が名乗るはずもないと分かっているので悪くなど思いはしない。
むしろ知ってるから名乗らずともよい。
「じゃあ俺は名乗っておこう。
俺はジだ」
「ジ?」
一文字の名前。姓もないその名乗りが意味するところは男も知っている。
ジが貧民の子であることに男は動揺する。
どうして貧民の子が貴族と一緒にいるのか理解ができない。
貧民の子だとしたら巻き込むわけにはいかない相手になる。
決闘を申し込んできて、受けた以上はもうそんなことはないのだが状況に上手い説明がつけられず男は混乱していた。
「行くぞ!」
先手必勝。
ジは真っ直ぐに男に切り掛かる。
金属がぶつかる甲高い音。
回避されると思っていたのに男はそのままジの剣を受けた。
「構えも剣の振りも素人ではないな。
本当に貧民か?」
「ご察しの通りです、よ!」
大人の力があれば押し返せたのに。
身を引きざまに体を回転させて横に切る。
「だとしたらもったいない才能だな」
同じ年頃ぐらいで剣を習うことができる貴族の子息は派手なことをやりたがるばかりで基礎もしっかりできてない。
対してジは派手なことをしないでコンパクトにしっかりと剣を振っている。
だから重たい大人用の剣でも大振りにならず、振り回されないでいる。
殺さないで倒そう。
貧民で子供ならどこかの派閥に執着することはないはず。
このまま成長していけば使える者になる。
「グフっ!」
それでもまだまだ及ばない。
剣を大きく弾くと、バランスを崩したジの腹を殴りつける。
一瞬でトドメを刺してくれればいいのに、なぜこんなやり方を。
「これじゃ倒れないか」
貴族のちゃらんぽらんな子供なら今ので終わっていた。
しっかり鍛えている証拠だと感心しながら男はもう一発ジを殴りつけようとした。
「子供相手にいけませんね」
後ろからの斬撃を男が跳んで回避する。
「ヘレンゼールさん!」
やっと来てくれた助けはなんとパージヴェルの秘書であるヘレンゼールだった。
「こんなことならパージヴェル様を素直に行かせればよかったですね。
大丈夫ですか、ジさん?」
「あんまり……」
気絶させるつもりで殴ったのだから痛くて当然。
さっき食べた色々なものを吐き出さなかっただけ頑張った方である。
その細い目をジから男に移してヘレンゼールは剣を構える。
手にしているのは剣身の細い片手剣。
突きを主体にするレイピアほど細くはないけど普通のものよりも細く、軽そうだ。
「邪魔をするな!」
男が消え、ヘレンゼールが剣を突き出す。
甲高い音がして、男のヘルムが飛んでいく。
カウンターのようなヘレンゼールの突きを男がかわしきれずにヘルムに当たった。
「速くても真っ直ぐに進むだけではいけませんよ?」
危ないところであった。
後ほんの少しズレていたら自らヘレンゼールの剣に串刺しになりにいくところだった。
「うわぁ……」
世の中不公平だ。
ヘルムが取れた男の顔を見てジが思わず声をもらす。
儚げなイケメン。
金髪碧眼の中性的な顔立ちをした男は額から血を流している。
それだけで絵になる。ズルい。
これで強いんだから神様とやらは平等ではないような気がしてならない。
「ほほう、なかなか整った顔をしていますね。
私は顔の良い奴は嫌いなんですよ」
ヘレンゼールが切り掛かる。
「直線的で分かりやすすぎます」
見もせず背中に回した剣で男の斬撃を防ぐヘレンゼール。
パージヴェルの秘書なんてやっているヘレンゼールはただの文官ではない。
元よりナヨっとした人の嫌いなパージヴェルは周りに置いている人も腕に覚えありという人が多い。
秘書になるということは文官的な能力だけでなくパージヴェルに気に入られるぐらいの腕があるとも言えるのだ。
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