夜の買い物
日が暮れた頃、ジはフードを深く被ってユディットを伴って外出していた。
貧民街と平民街の間にあってそのどちらでもない路地裏。
ある種の危険な場所。けれどもここで騒ぎを起こすバカはいない。
深く被ったフードの中から目的の人物を探す。
あまりキョロキョロしていることがバレないようにそれぞれの人の格好を見ていく。
手首に赤い紐を巻いた男が路地の真ん中で壁に寄りかかっている。
目的の男を見つけた。
ジが目的の男の前に立つと男は眉をひそめた。
フードをかぶっていて顔は見えない。
それでも身長はわかる。
どう見たって身長は低く、子供にしか見えない。
「ぼうず、ここは遊び場じゃ……」
「黒い月が登る時白い月が隠す」
「…………入れ」
ジの言葉に男が驚いた表情を隠せない。
すぐに表情を取り繕って男が寄りかかった壁を4回叩く。
何もなかったはずの壁に切れ目が入って内側に開く。
隠し扉。
中に入るとそこは狭い部屋。
中央に大きいデスクと仮面をつけた男が椅子に座っている。
「何をご所望で?」
仮面のせいでくぐもった声で仮面の男が尋ねる。
ジがどんな人物であるのかは仮面の男に関係ないのか驚いた様子もない。
「地図が欲しいです」
明らかに普通の取引ではない。
なのにジは堂々としている。
ジに仕える騎士であるユディットが動揺するわけにはいかないので平静を装うようにして背筋を正してジの後ろに控える。
しかし内心は不安でいっぱいであった。
「失礼ですがお客様、地図でしたら他でお買い求めになられた方がよろしいかと」
「俺が欲しいのはビスタ、ケヴァン、キャスパンの内部構造が分かる地図です」
その3つが何なのかユディットには分からない。
仮面の男もすぐには答えず、沈黙の時間が流れる。
「…………いいでしょう、1つにつき銀貨10枚です」
「それはふっかけすぎじゃないか?」
「あなたが要求している地図はただの地図じゃないです。
調べるのにも危険を伴いますしこれぐらいなら高くもないでしょう」
「主も使っていないものを調べるのに何の危険があるというんだ?
それに下手するともう手元にあるものもあるんじゃないのか?」
仮面のせいで相手の表情を読むことはできない。
デスクをトントンと指で叩いて考えている様子を見るにジの指摘が遠からずと言ったところか。
子供だから侮ったのではない。
けれど思ったより頭が回るし、事情にも詳しそうだ。
「ビスタとキャスパンは銀貨3枚。ケヴァンは5枚だ。
ケヴァンだけは調査しなきゃいけないから欲しいなら時間をいただきます」
つまりビスタとキャスパンは手元にあると白状したようなもの。
「調査にはどれぐらいかかる?」
「……7日もらおう」
「じゃあ取り急ぎビスタとキャスパンの地図を買わせてもらおうか」
「分かりました」
仮面の男が机の下に手を入れると入ってきたのとは違う壁が開いてスキンヘッドの男が出てくる。
ジからお金の入った袋を受け取ると中身を確認して仮面の男にうなずいてみせる。
「確かに受け取りました。
今持ってきますので少々お待ちください」
男はお金を持って壁の向こうに消えていった。
あのお金はヘギウス家からの口止め料や慰謝料としてもらったものである。
最近出費が続いていたので痛いが必要なのでしょうがない。
「君は何者だ?」
待っている間に仮面の男がジに疑問をぶつける。
ジはただの子供ではない。
最初はどこかの貴族が子供を送り込んで値段でも下げさせようとしているのかと思っていた。
卑怯なやり方で気に入らないので値段を少し釣り上げてみたが見事に言葉を返されてしまった。
金と用件だけを持って送り出されただけの子供ではない。
背後に誰がいるにせよ、油断ならない子供だ。
「情報はタダじゃないですよ」
これまで指で机を叩く以外に動かなかった男の体が揺れた。
この言葉は男の方が時々相手に言う言葉である。
値切ったり脅してきたりする相手にこう告げるのだ。
情報はタダではなく価値ある商品なのだと。
不用意に疑問を口にしたことを仮面の男は後悔する。
「俺はジです」
「……」
「貧民街に住んでいるただのガキですよ」
ただ知りたいなら教えてやる。
どんな情報でも価値があると会話をした後に教えてやるのだ、ガラクタの情報でも相手からすると押し売りされたようなものだろう。
最初に値段を釣り上げてくれた意趣返しである。
タダで教えてやったのだから何かよこせなんて意地悪までは言わない。
「お待たせいたしました」
そのタイミングでスキンヘッドの男が戻ってくる。
手には丸めた紙を持っていて、後ろから小さいテーブルを持ってきている人も付いてきていた。
「こちらがビスタの地図でございます」
ジの前にテーブルを置いて、1枚広げてみせる。
ユディットがこっそりと覗き込むと地図というよりも何かの設計図、城のような巨大な建物。
偽物ではないと言う証明のために品物をジに見せる。
実際ジには真贋なんて目利きできない。
一通り地図を見て意味ありげにうなずいたりしてみる。
「そしてこちらがキャスパンの地図です」
こちらも同様にじっくりと眺めてうなずいてみる。
「こちらもうお客さまのものでございますのでお好きにお持ちください」
目的のものは手に入れた。
早く帰らなきゃケが眠れずに待っている。
「これ持ってて」
外に出たジはユディットに地図を投げ渡す。
「わっと……!」
銀貨3枚の地図が2枚なので銀貨6枚。
そう思うと雑な扱いをユディットはできない。
「ふふっ、そんな大切そうに抱えなくても大丈夫だよ」
壊れ物でも持つように地図を抱えるユディットを見てジは思わず笑ってしまった。
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