騎士の誓い10

 ユディットはテーブルに置いてあった剣を手に取り、ジに近づく。


 切られるのか。

 そう思って一瞬逃げるか迷った。


 殺気は感じないのでそのままユディットの行動を待ってみることにする。

 一流の暗殺者で殺気を完全に殺せるならともかくユディットが切りつけてくるとは思えなかった。


「俺が欲しいのなら誓いましょう」


「誓う?」


 ジの前にユディットは跪き剣を抜く。

 刃に手を添えてジに剣を捧げる。


「騎士でもない俺が騎士の誓いを捧げるのはおかしいかもしれませんが、どうか俺の決意、受け取ってください」


 何をするのかと思ったらユディットは騎士の誓いをジにしようとしている。

 主君と認めた相手に対して一生と命をかけて仕えることを誓うのが騎士の誓いである。


 主に国に仕える中で国王に直接指揮権のある近衛兵たちが行う特別な誓いである。


 しかもユディットから感じるこの感じは単なる誓いの言葉だけでない。


「これがなんなのか知っていてやってるのか?」


「そうお聞きになるってことはジさんはこれがどういうことか分かっておられるんですね」


「分かってるさ」


 単に忠誠を誓い、誓いを破っても約束を破る程度のもので本人同士でしか咎められないようなものとは違う。

 誓いの真似事ならそうなるのだがこれはお遊びとは異なる。


「俺は本気です」


「そんな……」


「どうか剣を受け取ってもらえませんか」


 ここに来たのはただただ打算的な目的のため。

 誓いを受ける権利なんてジにはない。


 ユディットの目は真剣そのもの。

 断ればユディットの誇りを傷つけてしまう。


「…………分かった」


 こんな目をされては断れない。


 おそらくユディットがやろうとしているのは単なる誓いではなく魔法を使った騎士の誓い。

 宣誓するだけの決意表明であり実質的な効力のない誓いと違って魔法を使った騎士の誓いは一種の契約である。


 騎士の誓いは一生の忠誠を捧げて一方的な制約を誓う者に負わせる。

 何でもかんでも好き勝手に命令を下せるものじゃないけれどある程度誓いに縛られることになる。


 文字通り身を捧げることになる。


 しかし騎士の誓いを受けるということは忠実な部下を1人得られるだけの話ではない。

 一生をかけて仕えてくれるのだからその者の人生に対して責任が生じる。


 こんな重たい関係を築くつもりなかった。

 ちょっと給料を払って仕事してもらう雇用関係ぐらいでよかった。


 ユディットの重たい決意を受けてジも覚悟を決めた。

 男たる者ここまでされて受け入れられないなんて出来るわけがない。


 人1人の人生を背負うことの重みをまだジは分かっていないけれど少しはお金の見通しはたってきたのでお金に困らせることはない。


 ジはユディットから剣を受け取り剣身をユディットの肩に当てる。

 剣に込められた魔法が発動して、後戻りができなくなる。


 貧民街にはふさわしくない綺麗な剣。

 誓いの魔法によってではなく、剣そのものがうっすらと青い魔力をまとっている。


 これは魔剣である。

 超一流の職人が全身全霊をかけて作り上げる至高の一振り。


 魔力が剣に定着していて恐ろしいほどの切れ味を誇る。


 てっきり騎士の誓いの魔法ために光っているのかと思ったのにジはとても驚いた。

 どこで手に入れたのか想像も出来ない。


 ユディットがどこからか手に入れたものではない。

 多分この剣はユディットの前の持ち主から受け継いだもの。


 騎士の誓い、しかも魔法を使うやり方を知っていることからそれがどんな人物なのか想像はできる。


 驚いている間に剣から魔力が広がってジとユディットを包み込む。


 なんとなく見たことある誓いの光景を真似してユディットの肩に剣を当ててみた。

 それ以上はジには作法なんて知りもしないのでどうしてよいか分からない。


「大丈夫です。

 誓いをするのは俺ですからジさんは何もしなくて構いません。


 それに誓いは言葉ではありません。


 仕えるという決意、それが騎士の誓いなのです」


「分かった」


「私は捧げる、絶対の忠誠を。

 一生を持って仕え、命をかけて主人の命に従う。

 我が誓いを受け取らんことを願う。


 ……あとは承諾してくれれば大丈夫です」


「……分かりました。


 ユディット、あなたの誓い受け取りましょう」


 確かこんな感じにやっていた。

 誓いの儀式を思い出して見よう見まねでやってみる。


 ユディットの肩に当てた剣を引いて手を切らないよう注意して剣身に手を当てて支えて柄のスペースを空ける。

 剣をユディットに差し出し返して、ユディットが受け取る。


 不恰好だが間違ってもないやり方に驚いたような顔をユディットが見せるがすぐに取り繕う。


 体の奥底がムズムズする。

 騎士の誓いの魔法でユディットと繋がりができた感じがする。


 不快ではなく、むしろ安心するような感覚がある。


「これでジさんは私の主君です。


 これからよろしくお願いします」


 剣を鞘に納めてユディットが頭を下げる。


 特に貴族になる予定もないのになぜなのか部下の騎士が1人出来てしまった。

 1人でのんびり生きていければ良かったのに養わなければいけない人が増えた。

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