騎士の誓い9

 ベッドが壊れていて良かったと思う。

 1人用サイズのベッドに子供とはいえ3人寝るのはちょっと狭い。


 マットレスをもう一個敷いて広げて3人で寝ている。

 なぜなのか並び順はジを真ん中に挟んでピッタリとくっつくように寝るのである。


 ケはあんなことがあったからしょうがないとしてもタはどうしてなのか。


 今幼いジよりもさらに幼い女の子に欲情することなんてないけれどこれでいいのかどうかジには分からなかった。


 その上なんと父性に目覚めたグルゼイが3人で寝るジに若干の嫉妬を覚え始めた。


 父性が目覚めて双子は娘ならジは息子ではないのか。

 ジの感覚では双子の兄的存在なので別にいいだろうと思ったりしているがグルゼイにとってはジはあくまで弟子で他人なので娘的な双子と一緒に寝ることに複雑な思いを抱えている。


 晩御飯の時に怖いなら俺が一緒に寝てやろうかなんて言っていたのは冗談ではなかった。

 双子の目があるから表には出さないが鍛錬の時に怖い目をすることもある。


 ただ助けに行った印象があって心穏やかに眠れるならジが一緒に寝た方がいいのはグルゼイ自身も理解している。

 双子もグルゼイとは一緒に寝るつもりはないようだ。


 早く1人で、もとい2人で寝られるようになってほしい。

 未だに夜中に時々うなされることがあるケを見ると突き放すことはできないのだが。


 グルゼイはケが脱出した後に来たから双子にとっては助けてくれた感覚はないのだ。


 この双子がどうなっていくのか、ジの記憶の中にはないので知らない。

 リンデランは間違いなく死んでいただろうが双子は攫われて犠牲になっていたのかどうか全く分からない。


 何にしても今は生きているからこのまま元気よく育ってほしいとは思う。


 少なくともリンデランは本来の起こるべき出来事から変わって生き残っている。

 このことが後に及ぼす影響はどんなものか。


 それは誰にも分からない。


「大丈夫、大丈夫」


 ケがうなされた時に1番効果があったのは大丈夫と繰り返して強く抱きしめてあげることだった。

 今ではうなされ始めたらすぐにそうするようにしている。


 ポンポンと背中を軽く手でリズム良く叩きながらタを起こさないように低く同じ言葉を繰り返す。


 こんなに面倒見も良い人間ではなかったのに自分も変わったものだと思わざるを得なかった。


 ーーーーー


 後日ジはまたユディットのところを訪れた。

 治ったにしろ治ってないにしろある程度の間は空けたので病状の変化は分かる。


 治ってなかったらどうしようなんてドキドキしながらユディットの家のドアをノックする。

 ドアが開いて中から顔を出したのはユディットではなく、シハラだった。


「あ、ジお兄ちゃんだ!」


 ジの顔を見るなりシハラは嬉しそうに笑った。


「覚えててくれたのか?」


 会ったのは短い時間、それも体調はすこぶる悪く意識も朦朧としていたのに。


「へへん、僕記憶力がいいんだ。


 兄ちゃーん、お客さんだよー!

 ジお兄ちゃんだよー!」


 顔を引っ込めてユディットを呼ぶ姿は病気におかされ弱々しかった姿とは違っている。

 元気そうなその様子に治療が成功したことを察してジは安心した。


 治療が終わるまではユディットはシハラの側を離れないだろうからこれでようやくユディットも動き出せる。

 クモで脅されることもないので穏やかな会話を望める。


「入っていいってさ」


 再び顔を出したシハラに招き入れられて家に入る。

 ユディットは前と同じ席の横に立ってジを待っていた。


「じ、いや、ジさん、ありがとうございました!」


 ユディットはジに向かって深々と頭を下げた。


「えっ、いきなりどうしたんですか?」


 予想外の行動に慌てる。

 自分よりも年上のユディットが自分をさん付けで呼んで丁寧に頭を下げたことに驚いた。


「ジお兄ちゃんありがとうございましたー!」


 ユディットの横にトコトコと歩いて行ってシハラも頭を下げた。


「えっと……?」


「この通り弟は、シハラは元気になりました。


 ポーションを与えて気を引き、何かをさせるつもりだろうと最後の最後まで疑っていた自分が恥ずかしいです」


 頭を上げて直立不動でジを見つめるユディット。

 ジも座る暇もないしシハラはシハラで兄を見習って背筋を正している。


 部屋の中で3人が立ちっぱなしという不思議な光景。


「ポーションの効果が切れる頃になってもシハラの体調は悪化せずジさんが本当のことを言っていたのだとようやく気づきました。


 こうしてシハラがまた笑っていられるのはジさんのおかげです」


 チラッとユディットがシハラを見る。

 シハラは状況がよくわかっていないのか、兄をチラチラと見て様子を真似しているのでユディットと目があった。


 ニッコリと笑顔を向けるシハラにユディットは微笑み返す。

 これだけの時間姿勢を保っていられるなら完全に回復したとみてよい。


「疑いと脅したことに謝罪を、そして弟を治療してくれたことに感謝を」


「どうもご丁寧にありがとうございます」


 これだけ真摯に向き合ってくれたのならジも真面目に向き合わなきゃいけない。

 ガキが訪ねてきてポーションちらつかせて治してやるだなんてジでも信じない。


 ポーションが神殿の証もない怪しいものなら問答無用でお断りだった。


「前に俺が欲しいと言っていましたね」

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