第二章
騎士の誓い1
柔らかい寝具とはこうまで人を掴んで離さないものなのか。
過去の時も子供から大人になるまで安いものしか使ったとこがなかったし、床や地面に寝ていることさえもあった。
年を取ってからは多少まともな寝具を使ってはいたけれど年のせいか目覚めは早く、長く眠ることもできなかったので体が痛くならない程度のものであればよかった。
体感したことがなかっただけで良い寝具というものの良さはちゃんとあったのだ。
もしもうちょっとお金に余裕ができることがあれば寝具を買ってもいいかもしれない。
ぼんやりと考え事を続けるがこのまま寝続けていてはいけない。
そう何度も思って体を起こそうとするが起き上がれない。
良い寝具の持つ人に対する誘引力たるやものすごいものである。
これも1つ何かの魔法と言えるのではないか。
怪我をしたことなんかを自分の中で言い訳にしてダラダラと時間を過ごしてしまった。
「このままじゃいけない」
グッと足を持ち上げ下ろす勢いで上半身を起き上がらせる。
だいぶ休んだのだ、体は怪我をする前よりも良くなったほどの回復を見せている。
良い環境、良い寝具、良いポーションと高位神官の回復魔法の効果は素晴らしいものだと思い知らされた。
「あー! 病人なんだからちゃんと寝てなきゃダメでしょ!」
何も寝具だけがダラダラする原因となったわけではない。
ジがダラダラすることになった原因のいくらかはこの声の主にある。
部屋に入ってきたのは清潔な水の入ったタライと清潔なタオルを持ってきたエであった。
顔見知りということを考慮してなのかアルファサスに命じられてエがジの世話をしていた。
もう怪我もなく体も良くなったというのにエはなぜかジを未だに病人扱いしている。
「いいじゃないですか。少しは体を動かさないとそれこそ体に悪いというものですよ」
もう1人の原因、リンデランも部屋に入ってくる。
この2人なぜなのか意見が合わなくて、そのクセよくこうして一緒にいたりする。
仲が良いのか悪いのか、ジにはよく分からない。
今もジが体を動かそうとすると動かない方がいいと片方が言って、動いた方がいいともう片方が言う。
ただ不思議なことに病人扱いすることは2人とも一致していてそこからの意見が違うのである。
だから甘やかされてしまってついついだらけてしまう。
「だいぶ休んだしさ、これ以上怠けてたら体も鈍っちゃうよ」
ベッドから降りて体を伸ばしたりひねったりしてみる。
あまり体に痛いところもない。それどころか絶好調なぐらい。
子供の体の回復力と軽快さに驚く。
「パージヴェルさんは一緒じゃないのか?」
「お爺様も一緒にいらっしゃってますよ」
パージヴェルは事件以来孫娘にベッタリになっていた。
リンデランの側を離れず、毎回大神殿まで付いてきていた。
貴族で一族の党首なのだから暇ではないはずなのに自ら護衛役を買って出て、リンデランがどこに行くにもパージヴェルがいた。
正直な話外に出したくなく、ジに会いに行くことも快く思っていないのではあるがリンデランに強く出られずジに対して負い目があるのでダメとは言えない。
それに大神殿には用事もあった。
ジとリンデランの2人を連れてきた時、大神殿のお勤めは終わっている時間だったので正門は閉まっており、パージヴェルはその門を破壊して直線的に大神殿に侵入した。
神官長やその他諸々の人にも大迷惑をかけたのでそうした門の修繕費や迷惑をかけたための寄付なんかの話し合いをしなければならなかった。
濡れタオルで体を拭いてあげると言うエをたしなめてジはパージヴェルを探しに部屋を出た。
廊下を歩いていた神官に聞いてみたらすぐに場所を教えてくれた。
伯爵の関係者、ジのことを知らない人たちには下手すると伯爵の息子なのではないかとまで思っている人もいた。
やたらと丁寧で腰の低い態度。
そこに関して特に訂正して回るつもりもないジである。
「では、今回はこれで話がついたということで」
教えてもらった部屋に行ってみるとちょうど話が終わったのかパージヴェルとアルファサスが部屋から出てくるところであった。
最後に握手を交わしているがパージヴェルの顔がひきつっている。
交渉はアルファサスが上手だったようだ。
「おや、お体はもう大丈夫ですか?」
アルファサスがジに気づく。
「はい、神官長様。
おかげさまでだいぶ良くなりました」
アルファサスの言葉に答える。
最初の何回かは回復魔法をかけに来てくれたので顔も知っている。
回復してきたらあとは別の神官なってしまったが危篤状態のジを治療してくれたのがアルファサスだと聞いていた。
アルファサスに回復魔法をかけてもらうと体が軽くなる。
かなり高いレベルにある回復魔法の使い手であることは間違いない。
いつも柔らかな笑みをたたえていて何を考えているのか分からないところもあるけれど偉ぶった態度も取らず常に穏やかな人となりの人である。
「これもディレンティスのお導きです」
親指を内側に握り込み手を胸に当てて右足を1歩下げて膝を曲げるようにしながらスッと頭を下げる。
「ほう、私たちの神様のお名前と作法を知っているとは感心なことですね」
最初に連れて来られた時のジの格好を見ているアルファサスはジが伯爵の息子でないことは分かっている。
貧民の子ならば学がなく宗教に身を捧げることも多くはないので耳にすることの多い神以外は大抵知らないものだ。
特にディレンティスは戦いの神で普通の民に近い存在ではないので知らなくても無理はないはずだった。
なのでディレンティスを知っていて簡易的な作法まで披露して見せたことに驚いていた。
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