大神殿にて2
「ジとはどういったご関係で?」
「ジさん、ですか?
……ジさんはその、命の恩人……です」
「……命の恩人?」
なんで今顔を赤くしたと聞きたい気持ちを抑えて無難な質問をぶつける。
本来なら止めなきゃいけない立場のアルファサスだが自分も何が起きてこんなことになったのか事情が気になるし、エのただならぬ雰囲気を感じて面白そうだと思った。
ただ寝ている途中で起こされたアルファサスは会話を立ち聞きしていて眠くなってきたのでそのまま2人を放置して寝室に帰った。
最後まで見られないのは残念だが眠いのはしょうがない。
後の調査でジ達が捕らえられていた地下室とはまた別に隠された地下室が見つかった。
ジ達がいたのは地下に作られた牢屋だったのに対して新たに見つかった方は完全に部屋として作られていて、近々まで人が生活していた痕跡があった。
床に空いた穴もあったことからトレントの魔獣を連れたあの男が生活していたものと見られ、いくつもの子供サイズの服や遺品と思われる品物が隅に打ち捨てられていた。
遺品のうち個人を特定出来るものは非常に少なく、遺体もないためにこれ以上被害者の捜索や身元の特定は打ち切りとなった。
男の死体は無くなっていた。
正確に言えば男の死体があったとされる場所には黒い結晶が残っていて燃え残っているはずの死体は見当たらなかったのである。
廃墟は犯罪者に誘拐に使われ、その上半壊してしまって危険極まりないということで取り壊しが決定した。
持ち主が分からず誰が壊すのかという話はヘギウス家が責任を持って取り壊すことに手を挙げた。
パージヴェルが半壊させたのだ、何か言われる前に慈善活動のフリでもしてしっかりと処分してしまった方が後々楽であるという思惑であった。
事件の内容についておおよその事情は一般に伏せられた。
街中で子供を誘拐されていたなんて面目も立たない話であるし民衆の不安を煽ることはできないとの判断が下された。
パージヴェルがド派手なことをやらかしてくれたが他に目撃者もいなかったので原因不明の爆発事故という納得も難しいごまかしで押し切られた。
貧民街で起きた事件だし事件の捜査にあたる兵士達も詳細な事情を知らず関係者はパージヴェルという高位の貴族なので疑問を酒場で口にしてもそれ以上何かをすることはできなかった。
肝心の男の正体は明らかにはならなかった。
名前や身分を示すものは何もなかった。
何も分からなかったのかと言えばそうではない。地下室にあったのは1枚の布。
黒地に赤で紋章が描かれた布が壁に貼り付けてあった。
見る人が見れば分かるそれは魔神崇拝者の紋章。
悪魔族の王のことを魔神と呼び、魔神を中心とするグループは人類の征服を目論んでいるとされ人の中にも魔神の考えに賛同を示す者もいて魔神崇拝者と呼ばれる。
魔神崇拝者が起こす行動は理解がし難く常軌を逸脱した行動も多い。
男が魔神崇拝者だと分かった以上は男の行動も魔神崇拝者がゆえのものだと考えられた。
その後に魔神崇拝者が絡むということで国の詳細な調査も入ったのだが結局事件の真相は解明されず1人の魔神崇拝者による誘拐殺人事件ということで結論付けられ、この出来事は決着を迎えた。
「こんなところになります」
「わざわざありがとうございます、ヘレンゼールさん」
大神殿の病室でジは事件の顛末を聞いていた。
これはジが望んだことでパージヴェルに頼んだことなのだけれど代わりにヘレンゼールが病室まで来て話してくれた。
生死の境をさまよったジは目覚めるまでに5日の日数を要した。
目覚めてしばらくは身体が重く気分が優れなかった。
そこから2日、ようやくまともに話せるまでに回復した。
目覚めた時エがベッド横にいて何をしていたのかとひどく怒られた。
ジだってこんな大事になるとは夢にも思っていなかった。
再びエに泣かれてしまったがなんせ起きたばかりであったので何もすることができず罵倒されてエは病室を出ていってしまった。
その後リンデランとパージヴェルが来てリンデランが甲斐甲斐しくジの世話を焼きパージヴェルが鬼のような顔でそれを見守っていたり、パージヴェルが1人戻ってきてジに謝罪したこともあった。
天井や床の崩落の原因がパージヴェルにあると正直に打ち明けてリンデランには言わないように頭を下げてきた。
絶体絶命な状況だったが致命的な怪我を負う原因がパージヴェルと聞いて怒りを通り越して呆れてしまった。
孫娘の命を救ってくれた相手を殺しかけたとあってはパージヴェルもジに頭が上がらない。
後々また話を聞きに来ると言ってパージヴェルは足早に去っていった。
最後にグルゼイもジを見舞いに来た。
何を言われるか身構えていたジにかけた言葉は無事でよかったの一言だった。
「何はともあれ死ななくてよかった」
せっかく若返ったのに早くも二度目の生を終えるところだった。
ジは正義感に溢れているわけでも過分な願望を持っているわけでもない。
少し、前よりも少しでいいから明るく、楽しく、お金のある生活が出来ればいい。
例えそばにいなくても自分の友人がどこかで笑って暮らせていたらそれでいい。
本当に死ななくてよかった。
「聞いたぞフィオス。
お前もなんかやってくれたんだってな」
胸の上に乗っているフィオスに目を向ける。
アルファサスから聞いたのはフィオスの不思議な行動。
まるで傷口を圧迫して出血を押さえようとしていたみたいだったと言っていた。
ジが命令したのではない。
なんでそんなことをしたのかジにも分からない。
「フィオス、お前ともっと仲良くなりたいな」
そしてもっとフィオスのことを知りたい。
過去に出来なかったことは沢山ある。
きっとこれからも出来ないことが多くあることは分かっている。
でも過去を反省しいろいろ知っている今なら出来ることも沢山あるのだ。
まずは身体の回復が先だ。枕をよけてフィオスを頭の下に敷く。
柔らかな感触に包まれてフィオスが頭の形に潰れる。
今日のフィオスはいつもより冷たい感じがして頭を冷やしてくれているようだった。
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