誘拐事件9

「なら早く助け出さなきゃ……」


「触るな!」


 不用意に木をどけようとしたパージヴェルを制する。


「よく見てみろ。


 下手に手を出すと崩れるぞ」


 さらに下手をすれば手を出さなくてもそのうち崩れてしまいそうだ。

 パージヴェルの瞳が動揺で揺れる。


 孫のことになると判断能力がバカになる。


「俺の能力ではどうにもできないからあんたを呼んだんだ」


「本当にいるんだな?」


「こんな状況で嘘をつく必要もないだろう」


「ふむ………………どこにいるかは分かるか」


「俺の魔獣がそばにいるので分かる」


「ではワシの魔法が届いたら教えてほしい」


 顎ひげを撫でて考え込んだパージヴェルは何かを決心したように顔を上げた。


「ファイアチェーン」


 火で出来た10本の鎖。大きく一度息を吐き出して鎖をそれぞれ違うスキマに滑り込ませる。

 山を崩さないように慎重に鎖を進めていく。


 10本もの魔法を同時進行で、見えないところを動かすのは簡単ではない。

 魔力が多くパワーがあることは間違いないと思っていたグルゼイだが魔法のコントロールも相当なレベルにある。


 実際パージヴェルは繊細なコントロールを得意とする方ではない。

 大雑把で破壊的な魔法の使い方をしてきた。


 孫であるリンデランのためにこれまでにないほど繊細に魔法を運用している。


 玉のような汗がパージヴェルの額から流れ落ちる。

 これまでにないほどパージヴェルは集中している。


 魔法の先に何かがあたると方向を変えて進められる先を探す。

 10本もの魔法の鎖でそれを繰り返して進んでいく。


「……一本着いたぞ」


「分かった」


 どれが着いたのか、あまり迷うことはなかった。

 少し進んだだけであちこちにぶつかっていた鎖の一本が動かしてみてもぶつからない。


 グルゼイの言葉も合わせて2人がいる空間とやらに着いたことが感覚的に理解できた。

 他の鎖を消して一本に集中する。


 どうするつもりなのかスティーカーの目を通じて観察する。

 鎖は空間を探るようにゆっくりと動き、ジやリンデランも鎖で触れてどこにいるのか把握する。


 炎で出来た鎖だがしっかりとコントロールされていて人に害のある熱さはない。

 グルゼイはヤキモキするがここばかりは雑にやることはできないと丁寧に周りを調べた。


「シャクエンタイテイ」


 パージヴェルが魔獣を呼ぶ。

 火を得意とするパージヴェルの魔獣らしく赤い毛を持つパージヴェルよりも大きな猿が現れる。


「ファイアチェーン」


 さらに2本の炎の鎖を送り込む。

 一度通った道だから慎重さも保ちつつ素早く鎖を送りこむ。


 計3本の鎖が2人の元に送り込まれた。


 パージヴェルはリンデランとジを炎の鎖でグルグル巻きに包み込む。

 隙間なく何重にも鎖を巻きつけ1つの炎の塊のようにする。


 ジに刺さった木は鎖が途中で焼き切って中に収めてしまった。


「準備は良いか、シャクエンタイテイ」


「……スティーカー戻れ!」


 グルゼイが重たく感じるほどの魔力をシャクエンタイテイは溜めている。

 戦闘中にこれほどの魔力を使った攻撃をされたら防ぎきる自信が持てない。


 危険な予感がしてスティーカーを慌てて戻す。


「いくぞ……消し飛ばせ!」


「ウキ」


 シャクエンタイテイが手を床につく。

 魔力がほとばしり、眩い炎にグルゼイは腕で顔を覆って横に背ける。


 燃え上がる炎の柱。屋根よりも高く屋敷の幅もある巨大な火炎柱が全てを燃やし尽くしていく。

 数秒続いたパージヴェルの魔法は木の山どころか廃墟の半分を燃やし飛ばした。


 スティーカーを戻さなければ魔法に巻き込まれて死んでしまっていた。


 焦げくさい臭いが充満して地面が真っ黒になっている。

 真ん中に炎の鎖の塊だけが無事に残っていた。


 化け物じみたやり方にグルゼイも言葉が出ない。


「リーン!」


 パージヴェルが魔法を解いて2人に近づく。


「リ、リン……?」


 煤だらけで真っ黒な姿のリンデラン。

 魔法にどこか穴があって炎が入り込んで大切な孫娘を燃やしてしまったのかもしれないとパージヴェルは思った。


「おじい……様?」


「リン……リン!」


 もちろんリンデランはパージヴェルの魔法で燃えて真っ黒になったのではない。

 煤を塗ったくったために真っ黒になっているのだが経緯を知らないパージヴェルからすれば原因が自分にあると勘違いしてもおかしくない。


 弱弱しい声だが確かに孫のリンデランの声であるし生きている。


 リンデランが生きていてパージヴェルは安心して、リンデランがパージヴェルの孫でグルゼイは少し安心した。

 ぶわっと涙があふれだすパージヴェル。


「おじい様、お願いがあります。


 この人を、ジさんを助けてください」


「ジ? 


 この上に乗っている男か?」


「はい、私を助けようとして、こんなことに……」


 ジを見ると背中に木片が刺さっている。

 その傷口周りにはなぜなのかスライムがまとわりついていた。


 パージヴェルは繊細さに欠けて多少抜けたところのある男だが馬鹿ではない。

 崩落がなぜ起きて誰に原因があるのか瞬時に理解した。


 つまりジがどうしてこうなったのか瞬時に察し、自分の立場が危ういことに気づいた。


 ジの顔色は相当悪い。

 すぐにでも治療を始めないと助からない。

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