誘拐事件10

「伯爵様〜!」


 パージヴェルには治療する魔法は扱えない。

 頭の中で方法をグルグルと巡らせているとパージヴェルにとって聞き馴染みのある声が聞こえてきた。


 声の方を向くとパージヴェルの秘書を務めるヘレンゼールであった。

 その後ろには家に所属する騎士達と都市を守る兵士達をぞろぞろと引き連れている。


「はぁ……ひい、伯爵様、ご無事ですか」


 ヘレンゼールを始めとしてみんな息を切らしている。

 伯爵であるパージヴェルが心配なのではなくパージヴェルが何かをするのが心配であって、空に上がる巨大な火炎柱を見て全力で走ってきた。


 最低でも巨大な火炎柱を出すほどの出来事があったのなら恐ろしい敵の存在や周辺周囲への影響など問題が何か生じていることが予想できた。


 来てみると半壊した建物に賠償金の文字が頭をよぎるがまずは状況確認が優先である。

 周りを見る限りどうやら止めるまでもなく事は片付いていることはうかがえた。


「ヘレンゼール!」


「は、はい!」


「治療魔法を使える者はいるか」


「はい。メホル、前へ出ろ!」


「はっ!」


「こちらの少年の治療を頼む」


 伯爵家が誇る騎士団である。

 治療を行える者がいるはずだ。


 いつになく真剣な顔をして肩を掴まれてヘレンゼールは考えていた小言を全て捨てて姿勢を正す。

 他の騎士と違い剣ではなく杖を持った若い男性騎士が前に出る。


 ジはリンデランから下ろして地面に寝かされている。

 メホルはパージヴェルの迫力に固くなりながら膝をついてジの容態を確認する。


 まずは軽い治療魔法をかけて反応をみる。

 メホルが眉をひそめる。


 立ち上がりパージヴェルに向かって首を振る。


「伯爵様、申し訳ございません。


 私では治療できません」


「何だと?」


「非常に身体の状態が悪く上級治療魔法と大きな魔力がなければ治療できません」


「メホルが治療できなきゃ誰が治療できるというんだ」


「この国でしたら大神殿の司祭長や大司教、神官長クラスでないと難しいと思います」


「大神殿……」


「しかし今から人を呼ぶにしても運ぶにしても……」


 間に合わないと思います。

 メホルは言葉を飲み込んだ。


 大神殿は街の中心部に近く外れにありここからは距離が近いとは言えない。


 ジの容態は非常に悪い。

 身体に受けたダメージが大きく出血が多すぎる。


 魔力で補助しながら全身を治さなければいけず中級治療魔法までしか扱えないメホルでは治療中に死に至る可能性の方が大きい。


 リンデランの心配そうな視線を受けて尋常じゃない殺気を放つパージヴェルにメホルは最後まで告げられない。


「大神殿に連れていけば治せるのだな」


「そうはなりますが」


「少年、もう少し耐えろ」


 廃墟を崩壊させてジに致命的な怪我をさせた責任と仮にジを助けられなかったら大切な孫娘に嫌われるという確信めいた予感がパージヴェルを動かす。


 パージヴェルはジを右手で肩に抱え、リンデランを左手で抱き、全力で駆けた。


 火を纏い空を飛ぶように駆け抜ける様子は後に街の人々に目撃され、魔物襲来や敵国の破壊工作なんて噂を呼んだ。


 残されたヘレンゼール達は状況が分からなかったがグルゼイの説明を受けてやっと事の次第を理解した。

 弟子の様子も気になるが走って大神殿まで向かっても結果は出た後になる。


 それにまだ子供が捕らえられているかもしれず命の危険もある。

 放っておくこともできないし弟子が命を賭して助けに来たのだから最後まで責任を持つことも師匠としての役割だ。


 少し遅れてようやく事件の調査に来た兵士達が来たのでグルゼイは後を任せて大神殿に向かった。

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