誘拐事件8

「ジさん? ……ジさん!」


 頭の中が一気にパニックになって訳も分からず涙が出てくる。

 怪我の程度は分からないけれどどう考えても軽くはないので放っておいてしまうとジの命が危ないことはリンデランにも分かる。


 動揺しているとリンデランの背中からフィオスが抜けだした。


「どうしよう……このままじゃ」


「おい、ジ、そこにいるか!」


 少し離れたところから男の人の声が聞こえた。

 姿は見えずリンデランの知り合いではないが少し前に暖炉に隠れている時に聞いたジと話していた師匠と呼ばれていた人の声に似ている。


「こ、ここにいます! 


 うっ……」


 少なくとも自分を誘拐監禁していた人ではなく、敵意も感じられない。


 聞こえるように大きな声で返すがそれだけでリンデランの身体は悲鳴を上げる。

 ポーションの効果がまだ残っていたのとジの最悪な状態のために忘れていたが決してリンデランも良い状態とは言えない。


「……ッ、ここです!」


 身体が痛くてもリンデランは力を振り絞って声を出した。

 もし気づかれなければ、死んだと思われ離れていってしまったら。


 残された時間は少なく今の自分にできることは声を出すことだけなのでリンデランは必死に叫んだ。

 しかし無情にも相手からの反応はなく自然とリンデランの頬を涙が伝う。


「こ、ここにいるんです……誰か、お願い…………」


 もしかしたら自分の上にいる男の子は自分を放っておいて逃げれば無事だったかもしれない。

 自分を助けようとしたがためにこんなところで死んでしまうかもしれないし、助けようとした自分も結局助からないのではないか。


 悲観的な考えが浮かび、申し訳なさに胸が張り裂けそうになる。


「ヒャッ!」


 チロリ!


 何かが頬に触れてリンデランは可愛らしく叫んだ。

 ポッと小さく炎が燃えてそれが何なのか見えた。


「蛇……?」


 それはグルゼイの魔獣スティーカーであった。

 真っ白な小さな蛇が開けた口の先に火を灯していた。


 リンデランの頬に触れたのはスティーカーの舌であった。


 無論、グルゼイがジを見捨てるわけがなかった。

 魔力を感知する方向を限定して集中し崩れた木材の中を探った。


 流石に物が多すぎて状態までは分からなかったが人がいることは分かっていた。


 中の状況を確認するためにスティーカーを送り込み、サードアイの魔法で視界を共有していた。

 グルゼイは大婆と違いそうした魔法をあまり使わず得意ではないために集中する必要があり、返事ができなかったのである。


 スティーカーはキョロキョロと周りを見渡し状況を主人に伝える。

 スティーカーの目は熱感知器官になっているので普通とは見え方が違う。


 ジの方を見て状態の悪さを悟ったグルゼイの焦りがスティーカーにも伝わってくる。

 背中に木片が刺さり出血していて、体温がかなり低くなっている。


 よく見ると刺さる木片の根元に何かが見えた。


「フィオス?」


 木片の根元に巻き付いているのはフィオス。

 通常とは違う見え方をしているのでグルゼイには何をしているのか分からない。


 早くジを助けなきゃいけないが奇跡とも言える2人がいる空間は絶妙なバランスで成り立っていて、下手に上から木をどかしていけば崩れてしまいそうに見える。


 グルゼイにもなす術がない。

 助けを呼びに行こうにもジの状態は一刻を争う。


 助けを呼びに行って帰ってくるまでジが持ちこたえられる保証がない。


「考えろ」


 サードアイの魔法を解除してスティーカーはそのまま2人のそばに留め置く。

 居場所や変化があればすぐに分かるようにしたいしスティーカーの灯す小さな灯りでもないよりはマシだ。


 今から人を呼んでもおそらく間に合わない。

 中の状況を把握して適切な方法を考えて適切な魔法を使える人を呼んで、などとやっている時間はない。


 無理をできるほど優秀な人間がいれば話も変わってくるがそんな人材何人もいない。


「待てよ……」


 屋根を突き破ってきたパージヴェルのことがグルゼイの頭に浮かんだ。

 誰なのか知りもしないが圧倒的な魔力を感じた。


 不可能を可能にする底知れぬ実力者なのは間違いがない。


「もう少し待ってろ! 


 絶対助けてやるから!」


 こんな状況を招いた張本人に助けを請うのは癪に障るが仕方ない。


「いや、一度ぶん殴ってやる」


 殴るくらいの権利はあるはずだ。

 グルゼイはパージヴェルを呼びに走り出した。


 探さずとも居場所の見当はついている。

 魔力が非常に強く離れていてもおおよその方向が分かるほどである。


 グルゼイがパージヴェルを見つけた時もう戦闘は終わっていて男は炎に包まれ、パージヴェルはそれをじっと見つめていた。


「おい」


「ぬっ? 


 お主は……」


 パージヴェルが声をかけられて振り返えるとグルゼイはもう拳を振りかぶっていた。

 男に殴られたのとは逆側、右の頬にグルゼイのストレートがモロに当たる。


 容赦のない一撃にパージヴェルが転がっていく。


「ぐぅ……何を」


「立て、あんたの孫はまだ、生きているぞ」


「なん、だと!」


 思わぬ言葉に殴られたことを忘れて立ち上がりグルゼイに詰め寄る。

 グルゼイはパージヴェルの孫のことなんて知らない。


 パージヴェルとリンデランどちらの名前も聞いていないし、リンデランに関しては見てもいない。


 リンデランがパージヴェルの孫かもしれないとは推測はするがそんなことどうでもよい。

 仮に違ったとしてもその時はその時でどうとでも言える。


 孫がいなくなったことには同情はするけれど知らないパージヴェルの孫よりも瀕死の弟子のほうが大切である。


「そうだ、かろうじてだがな」


「どういうことだ!」


「早くしないと手遅れになる、こっちだ」


 案外丈夫そうなのでもう一発ぐらい殴っておけば良かったと思いながら崩壊現場に戻る。


「ここの……どこにリンが」


 パージヴェルが炎で照らすと惨状が明らかになる。天井と2階の床部分が崩壊して崩れ山となっている。

 石造りの大きな暖炉も半分崩れて上に乗っていて触れれば全てがさらに潰れてしまいそうなバランスになっている。


「この下だ」


「この下、とはまさか」


「そう、この崩れた木の山の下、少し空間があってそこにいる」


 あんたのせいだ、という視線を顔の青くなったパージヴェルに向ける。

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