誘拐事件2

 久々の食べ物にリンデランは限界を超えてしまった。

 食事ともいえない食事だがいろんな感情が吹き出して止まらなくなった。


 干し肉をかみしめるようにして泣く。

 ジがケにしてあげたように、今度はケがリンデランを抱き寄せる。


 泣きながら干し肉を食べ少しお腹も満たされて2人はやがて寝てしまった。

 灯りは消さないでくださいとジに注文をつけて。


 どのみち相手の様子は分からない。

 起きたら脱出を開始しようと考えてジも壁に寄りかかってここまでの経緯を整理する。


 何となく引っ掛かりを覚えた失踪事件の噂を聞いて、まさか自分が巻き込まれるとは思いもしなかった。

 北の廃墟に行ったケがいなくなって真っ先に失踪事件を想起して探しに来た。


 こうしてみると失踪ではなかったようである。

 失踪したことには間違いないけれどより正確に言うならばこれは誘拐事件であった。


 普通に探しても何も見つからなかったのでジはジなりの探し方をすることにした。

 魔力感知で廃墟を捜索してみた。


 なぜなのか洋館が廃墟になって久しいのに廃墟は魔力で満ちていた。

 廃墟の奥の何の変哲もなさそうな部屋。


 元々は倉庫としてでも使われていたのか空の木箱や壊れた棚が放置されていた。

 ドアも壊れていて軽く覗けば簡単に部屋の様子が分かる。


 一瞥すれば何もないことがわかる部屋だがジはその部屋に違和感を感じた。

 よくよく見てみると床に不自然な切れ目があった。


 そうしてみると明らかにその周辺には物が少ない。


 扉の上にある数本の木片を避けてみると木片の下に扉を開けるための取っ手を見つけた。

 それは隠し扉だった。


 意図的に誰かが隠し扉を使っていて、隠すために木片を上に置いていたように見えた。


 ここだと思い、警戒を解いてしまった。

 取っ手に手をかけた瞬間頭に強い衝撃を受けてジは気を失った。


 まだ触ると痛い後頭部をさすり、ジは起きて目を擦るリンデランを見る。


「そう言えば……」


 思い出した。

 どうして失踪事件に引っ掛かりを覚えたのか。


 過去の話、貧民街に近い平民街の酒場、素性も品格という言葉も知らないような男たちが飲み交わす憩いの場で、ジは知らないおっさんに絡まれた。

 一杯奢れとすでに酒臭い息を吐くおっさんは代わりにと一つ話をした。


 元々おっさんは治安維持部隊でそこそこの地位にいて将来も有望だったのだが、ある時とある貴族の孫娘が失踪してしまい、その捜索隊長としておっさんに白羽の矢が立ったらしい。


 人員を導入して聞き込みなんかをしたが結局見つけることは出来ず、貧民街でも起きていた失踪事件にまで手を伸ばして捜索。

 貧民街での失踪事件の犯人は間も無く見つかったが暴れに暴れて建物が一つ消し飛び、怪我人も大勢出て犯人も死んだ。


 犯人は魔力を持った子供を誘拐し、魔獣に食わせていて魔化という現象の一部に冒されていたとか聞いた覚えがある。

 後々の現場の捜索で探していた貴族の孫娘の遺品の一部が見つかり、貴族は大激怒。


 犯人はすでに死んでしまっていて孫娘もいない。

 結局責任はおっさんが取ることになり、貴族を怒らせてはまともな職につけず場末の酒場で酒をあおっているという話だった。


 ジも酔っていたし、酒欲しさの作り話だと思っていたので思い出すのに時間がかかり過ぎた。

 あの話が嘘でなく本当なのだとしたらと考えるとジは背中が凍るような思いがした。


 まず他の失踪した子供や連れて行かれた子供達はもう魔獣のエサになっていることだろう。

 デザートと無神経極まりない言い方からもそのことが見て取れる。


 この廃墟についていつ無くなったのか記憶にないのも、過去失踪事件が起きた時期は気分が沈み人に会いたくなく世の中と離れて生活していたので知らなかったからである。


 引っ掛かりを無視しないでもっと早く思い出していれば助けられた子供がもっといたかもしれない。


「どうしたんですか?」


 暗い顔をするジをリンデランが覗き込む。

 顔色は泣き腫らした顔をしているリンデランの方がひどい。


「いや、何でもない。


 そろそろ脱出しようと思うからケを起こしてくれないか」


 リンデランはケを起こして少し体を動かす。

 暗闇では危なくて大人しくしているしかなかったがこれから全速力で走ることもありうる。


「フィオス頼んだ」


 魔石状態だったフィオスを呼び出す。

 フィオスはジの腕から飛び出すと身体をグーと触手のように伸ばして2本の鉄格子の下に自分の体を巻きつける。


 ものの数秒で鉄格子の下が溶ける。


「ほい」


 今度はフィオスを両手で持って軽く上に投げる。

 上手く鉄格子の上の方に張り付いたフィオスはまた鉄格子を数秒で溶かしてしまう。


 あっという間に鉄格子は2本の鉄の棒へと代わり、落ちて物音を立てないように支えていたジは持っていくか悩んだけれど予想よりも重さがあって取り回しに苦労しそうで牢屋の中に捨てていくことにした。


「す、すごいですね!」


 リンデランの目が驚きに見開かれる。

 スライムの思わぬ能力を目の当たりにして興奮が隠せない。


「シー!」


「ごめんなさい……」


 ケが口に指を当てて静かにするようにリンデランに注意する。


 鉄格子の中からでは分からなかったが出入り口はすぐ上に上る階段だった。

 ジは予想していた通り地下牢であった。


 階段を上り身体を押し当てるように扉を開けて出るとジが隠し扉を見つけた倉庫だった。


 部屋はやや暗い。

 朝方か夕方の時間帯。


「行こう」


 幸い誘拐犯はいない。

 けれど窓はガラスが割れて板が打ち付けてあるので様子も分からなくて出られないから玄関に向かうしかない。


 恐ろしいほどの静寂の中玄関に走る。

 運が良かったのか、気づかれていないのか妨害もなく玄関まで着いた。


「やった……!」


 玄関が見えてリンデランが1人駆ける。


「危ない!」


 もうすでに警戒を緩めて気絶させられた経験のあるジは油断していない。

 弾かれたようにジは駆け出してリンデランを押し倒すように伏せさせる。


 背中ギリギリを何かが通り過ぎる。


 体勢をすぐさま整えてそれの方を警戒する。

 触手のようにニョロニョロと蠢くそれは木の根であった。


 割れた床板の隙間から生えていてジの足ほどの太さがありながらしなやかに動いている。

 そうそう簡単にはいかなかった。


「どこへ行くつもりだい、クソガキ」


 年寄りのような掠れた声が聴こえてジ達が来た方とは逆側から1人の男が姿を現した。

 頭髪は一本もなく異常な痩せ型で手足もふしくれだっていて、喋らなかったらこの男が木を操る魔獣なのだと思えるほどである。


「あんた……何者だ」


「ヒヒッ……ガキに名乗る名前なんてねぇよ。


 どうやって抜け出したのか知らねえがさっさと牢屋に戻りな。

 おっともう扉は開かないぜ」


 男が枯れ枝のような指を動かすと床から何本もの根が突き出してくる。

 後ろをみると玄関の扉に木が根を張り塞がれていた。


 そんな状況の中ケはちゃっかりとジの後ろまで避難してきていた。


「ケ、リンデランさん、俺が合図したら玄関に走るんだ」


「で、でも」


「いいから。


 ……今だ!」


 ケとリンデランが走り出す。


「どこへ行く? そこはもう開かないぞ」


「フィオス!」


 魔力も弱く誰も気に留めない魔獣。

 こう暗くてはもはやいないものと変わりないために玄関の扉前に移動していても気づかない。


 今度は鉄格子の時と違って広がって扉に張り付くようにくっつく。


「スライム如きが体当たりしたところで開くわけも……」


 確かにフィオスが体当たりを何回したところで扉が開くわけもないことはジも重々承知である。

 ただ今のフィオスは体当たりをして扉にへばりついているわけじゃない。


「何だと⁉︎」


 扉の真ん中はみるみると溶けて大きな丸い穴が開く。


「ライト!」


「うっ! 


 クソガキがぁ!」


 男が慌てて手を振り木を操る。魔力の消費が少なくてジにも使えて効果がありそうな魔法として咄嗟に光を生み出す魔法を使う。

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