誘拐事件3

 ファイヤーライトよりも光が強く魔力の消費が大きくジの魔力では長時間使えないがしっかり魔力を込めるとそれなりに眩しい。

 ほんの一瞬でも相手の目が眩めば儲けものだ。


「ケちゃん!」


 ほとんど適当な攻撃。

 よく見えてなくても目指している場所が分かっていれば勘でもそれなりの正確性がある。


 横振りのどうしても回避することができない1本が2人を襲った。

 それに気づいたのはリンデラン。

 自分でもどうしてなのか理解できないけれど身体が勝手に動いてケを後ろから力一杯押していた。


「リンちゃーん!」


 押された勢いも相まってケは穴から外に転がるように飛び出し、リンデランは木の根に弾き飛ばされ脱出に失敗する。


「ケ、大婆のところに行くんだ! 


 早く助けを呼んでくるんだ!」


「んっ……うぅ!」


 ひどく歪んだ泣きそうな顔をしてケが洋館に背を向ける。


「クソ! クソ! 


 これ以上逃しはしないぞ!」


 ドアを開かないようにする程度だった木の根が穴を覆うように伸びて塞いでしまう。


「リンデラン!」


 壁に強かに叩きつけられてグッタリとするリンデランにジが駆け寄って状態を確認する。


「大丈夫か」


「うっ……」


 幸い死んではいないが子供の体に先ほどのような攻撃は衝撃が強すぎる。

 リンデランは口から血を流し気を失っている。


「すまないモルファ、わざとじゃない、わざとじゃないんだ。


 ガキが思ったよりすばしっこくて、それに、ほら、一番のガキは、いるだろ。


 逃がさないから、もう逃げられないから」


 男は目を激しく動かし虚空を見ながら何かと会話をしていて尋常な様子ではない。


 本当はこんな状態のリンデランを動かすのはまずいがこのまま男の目の前にいるのも良くない。

 リンデランの手を肩に回し無理矢理引きずって逃げる。


 男は会話に夢中でジの動きに気づいていない。


 玄関から遠ざかるがどっちにしろもうあそこからは出られない。


 子供の身体というものを恨めしく感じる。

 いくら華奢な女の子でも同じく華奢といえる体格のジでは運ぶのも容易いことでない。


 とてもキツイがあえて上の階に向かう。

 地面から木の根が飛び出してきたので2階なら根っこが追って来れないのではないかと予想した。


 当然リンデランを抱えて階段を上るのは楽でなかった。

 一階の脱出出来そうな部屋を探した方が早かった可能性もあるがジはずっと一階の床下から嫌な魔力を感じていた。


 一階のどこにいても感知されているような気がしたのだ。


 とりあえずドアがちゃんとある部屋を選んで入る。

 リンデランを床に寝かせてジも一息つく。


 乱れた息を整えながら何か武器になりそうなものはないかと周りをキョロキョロと見渡す。


 廃墟に都合よく剣が落ちているわけもないことはジも理解しているから期待はしていない。

 せめて手に持ちやすい木の棒でもあれば気分も違ってくるのに。


 リンデランの呼吸は弱い。

 何もしなくてもこのままでは弱っていって死んでしまいそうだ。


「しょうがないか」


 いざというときの備えは怠らない。

 お金を稼げるようになって買ったのは主に食料を中心とした物がほとんどだがそれ以外にも大きな金額を費やして購入していたものがある。


 左の足首に付けた、ジお手製の皮のポケットベルト。

 足首に巻き付けられてちょっとだけものが入るだけの簡単なもの。


 そこから小さい瓶を取り出して蓋を開け、リンデランの口から流し込んで中の液体を飲ませる。

 中に入っているのは中級回復魔法薬、いわゆる中級ポーションである。


 本来はもっと大きな瓶に入っているものをジはさらに小さい瓶に詰めて常時持ち運んでいた。

 まるまる一本飲むことに比べて効果は弱くなるがそれでも値が張る中級ならそれなりに使える。


 ポワッとリンデランの身体が淡く光り苦しそうだった呼吸が落ち着いていく。


 安心したのも束の間、言い争うような大声が階下から上がってくるのが聞こえた。

 正確には1人分しか聞こえないから争っているわけでないが。


 せっかく落ち着いたリンデランをどこかに連れさられるわけにいかない。

 ジは必死に頭を回して考えた。


「ここかなぁ〜?」


 特に塞いでもいないドアを蹴破って男が入ってきた。


「んん? 


 おいクソガキ、女はどこ行った」


「帰ったよ」


 部屋にはジが1人。

 男がキョロキョロと見まわしてみてもリンデランの姿は見えない。


「チッ……どこに隠しやがった。しかもぉ、なんだそれは?

 あー、火かき棒か、ヒヒッ」


 ジは火かき棒を剣のように構えて男を睨みつける。

 たまたま暖炉の中にあったのを見つけた。


 長らく放置されていた暖炉は煤けていて、ジの両手は真っ黒になっている。


「ヒヒヒッ、あー……これだからガキは嫌いだ。


 女の居場所をさっさと吐け! 

 じゃないと、殺してくれって叫ぶほど痛めつけてやるぞぅ!」


 男は気味の悪く笑ったと思えば急に怒り出す。


 情緒不安定で見ているジが不安になる。


「もういい、もういい、もういい! 


 さっきからうるさいんだ。このガキを痛めつけて聞きゃいいんだよ!」


 また1人で誰かと会話をしだす男は見えない何かを手を振って払う素振りをしたり激しく首を振ったりしている。


 一体何と会話しているのか。


「言わないのなら覚悟しろよ、ダークボール」


 ジの身長ほどもある大きな黒い玉が男から生み出され、ジに向かって発射される。

 とてもじゃないが子供に防げるものには見えない。


(集中しろ! 俺なら……できる!)


 なんてことはない。

 上から真っ直ぐ火かき棒を振り下ろす。


 ダークボールが真ん中から2つに割れてジの横を通り過ぎて後ろの壁に穴を開ける。

 成功した喜びで顔が綻びかけるのを無理矢理抑えた結果、怪しい笑みを浮かべているように男の目には映った。


 男も驚きに目を見開く。

 何が起きたのか理解できない。


 魔法が勝手に2つに割れるなんてことなんてありえない。

 魔法か魔法剣でも使えば切れるがこれぐらいの年齢の子で相手の魔法を綺麗に真っ二つにするほどの魔法を扱えるわけもない。


 そもそも目の前の少年にはそんな魔法を扱えるだけの魔力を感じない。

 魔獣が魔力供給の少ないスライムだったことも見ているし魔法を使ったようにも見えなかった。


 廃墟に落ちていた火かき棒が魔法剣なわけもない。


「ガキがいったい何を……うるさい! 


 あぁ、もういい、ダークボール!」


 警戒して動きが止まったからこのまま時間を稼ぐことができると思ったけれどそう簡単にはいかない。

 先ほどとは違いジの胴体ほどの大きさで個数は3つになったダークボールがジを襲う。


 いちいちダークボールを使うのに手を振り下ろしたりと動作が大きく魔法は直線的で魔法の発生も遅い。

 冷静に見れば避けることは難しくない。


 例え実戦慣れしていなくて無様に横っ飛びしてかわしたとしても、ジの動作が不慣れでスマートさに欠けているだけで決して間一髪回避したのではない。決して。


「ムカつくなぁ、鼻につくなぁ。さっさと……さっさと死ねよ。


 いや、女の居場所を吐けよ。ダークボール」


 まずいかもしれない。人の頭大のダークボールが十数個。狭い部屋の中で横っ飛びにかわしたので位置はやや隅に近い。


「吐け、いや、死ね」


 今1番大事なのは命。飛んでくるダークボールを避ける、避ける、避ける。


 ミシッ


 脆くなった床板が1枚割れる。

 そのまま強く踏んで横に移動するはずだったのにワンテンポ遅れる。


 ギリギリ予定通りダークボールを回避することができたが次はかわせない。

 火かき棒を横振りにダークボールを切ろうとするも咄嗟すぎて、まだ未熟なジでは魔法を切ることに失敗した。


 しかし失敗しても構わない。

 パッと手を離れて火かき棒は飛んでいってしまうがジは火かき棒とダークボールがぶつかる反動に逆らわず利用して上手く回避した。


「グフッ!」


 しかし幸運は長くは続かない。

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