誘拐事件1

「うっ……」


 頭がズキズキと痛む。

 目を開けたのにそれでも視界は暗い。全く何も見えない。


 とりあえず痛むところをさすってみるが手にヌルついたような感覚はなく、出血はなさそうだと確認できた。


 埃っぽくて呼吸がちょっと苦しい。

 地面を触ってみるとどうやら石っぽいが自然のものでなく表面は滑らかだった。


 人工的に作られた石の床。


 目をつぶり視覚に頼ることをやめる。

 魔力を感知することに集中する。


(1人、2人……)


 部屋の隅に固まるように2人。体格からして子供。


 今いる空間のおおよその状況も把握する。敵はいない。


「ライトファイヤ」


 どこかで監視していたら危険だがこのまま暗い状況では何もできないので一か八か魔法を使い周りを照らす。

 ジの手のひらの上に拳大の火が燃え上がる。


 周りが火の赤っぽい光に照らされる。

 目が慣れるまで多少しばしばと瞬きを繰り返して見えてきたので人がいる隅に火と視線を向ける。


「あなた……一体誰ですか」


 守るように薄い紫色の髪の女の子を抱きしめる白い髪の女の子がいた。

 薄い紫色の髪の女の子はジが探していたケであった。ひとまずホッと安心でため息が漏れる。


 白い髪の女の子は警戒したようにジを睨みつける。


「俺はジだ」


「ジ?」


「ジ……ジ兄!」


 バッとケが顔を上げてジを見る。途端に涙が溢れ出してケがジの胸に飛び込む。

 ジはケを受け止めて優しく背中を撫でる。


「あなた……」


「ジが俺の名前さ。君こそ一体?」


 どう見ても貧民の子ではない。

 それどころか平民でもなさそう。つまりは貴族に見える。


 容姿が端麗ということではない。

 かなりの美少女であることに異論はないのだが魔力が綺麗なのだ。


 ジと変わらないほどの年に見えるのにすでに魔力を扱う術を学んでいて身体を澱みなく循環させている。

 貧民も平民も子供のうちから丁寧に魔力を学ぶ事は少ない。


 魔力を感知できるジだからこそ分かる。少なくとも貧民やここいらの平民ではない。

 単純に服装や所作からも貧民の子ではないことが分かる。


「私はリンデラン。リンデラン・アーシェント・ヘギウス」


「ヘギウス……ヘギウスってあの?」


「……そうです」


「はぁ~まさか……」


 ジは驚きを隠せなかった。ジでも知っている元四大貴族の一角であるヘギウス家。

 これは過去の話なので現時点ではまだ四大貴族。


 貴族に興味はなくても話のネタとして酒のつまみとして人が話しているのはよく聞いたことがあった。

 何かの原因でただ1人の後継者を失い、当主の気が狂ってしまい四大貴族から外されてしまった悲劇の貴族。


 どのような事件があったのか知る由もなかったがここにきてその原因が何なのか悟る。

 しかしどうしてそんな箱入りのはずのお嬢様がこんなところにいるのかジには理解できない。


「どうしてこんな……」


 こんなところ、窓もない石造りの謎の部屋。


 火を掲げてみると狭い部屋の中がうっすら見える。魔力で感知したのと大差はない。

 唯一の出入り口に見える方向には鉄格子があって出られない。


 いわゆる牢獄。しかも窓もなく空気の流れが極めて悪い。

 ジの最後の記憶を辿り、合わせて考えると今いる場所は牢獄の中でも面倒そうな、地下に作られた地下牢になるだろう。


「ごめんなさい……気づいたらここにいてどことかは分からないの」


「ここがどこなのかは見当が付いてるけどな。


 俺が聞きたいのは貴族がどうしてこんな貧民街にいるのかってことさ」


「それは、その……」


「こんなところで隠し事したって何にもならないと思うがな。まあいい、今は脱出することを考えよう」


 言いにくそうにもごつくリンデラン。


 聞きはしたものの理由に察しはつく。

 例え聞き分けがいい貴族の子供だとしても、いや、聞き分けがいいからこそ日々のお勉強に耐えられなくなることもある。


 親しい平民の子供でもいて近く、あるいはここまで付いてきたのだろうとジは考えた。


「落ち着いたか?」


「うん……」


「俺はケを助けに来たんだ。

 表じゃ大婆やリュシガーの親が働きかけてきっと大人たちも探している」


「うん……ありがとう、ジ兄」


「俺は脱出出来ないか見てみるからリンデランさんのところに行ってなさい」


「うん」


 ケは少し名残惜しそうに、けれどワガママを言うことなくリンデランのところに行った。


 それを確認したジは鉄格子に近づくと一本を掴んで力を入れて押したり引いたりしてみる。

 古い廃墟となった洋館の地下牢にしては頑丈でほんのわずかに揺れすらもしない。


 鉄格子の扉は鍵付近が細かい格子状になっていて子供の手でも通りそうになく、こちらも揺らしてみてもほとんど前後しないほどしっかりした作りになっている。


 魔法もまともに扱えない子供には到底脱出するのは不可能な牢屋。

 それでもジはこれなら地下牢からの脱出は出来そうだと思った。


 問題はいつ、どのタイミングで出るか。


 相手が何者にしろ四六時中活動しているわけもないだろう。

 人ならば休憩や睡眠を取るし、逆に活発に活動している時間もある。

 上手くタイミングが合えばこっそり抜け出すことも不可能でない。


 タイミングが図れなくてもむしろ昼に逃げ出せばすぐに兵士が駆けつける可能性もある。

 外と言わずに一筋の日の光でも確認出来たなら少しは違っていたが地下牢では時間の確認も難しい。


「あっ……」


 ジがアゴに手を当てて悩んでいると可愛らしい音が鳴った。

 小さい音だったのだがこう静かな空間では目立ってしまうのはしょうがない。


 音の元はリンデランのお腹。小動物の鳴き声のような可愛らしい音を鳴らしてリンデランは顔を真っ赤にしている。


「その、時間は分からないのですがもうしばらく何も食べてなくて……あぅぅ……」


 腹が鳴るぐらい貧民の子供の間では何てことはないが貴族の淑女にとっては非常に恥ずかしいことであるらしい。

 何も言っていないジに必死に言い訳するも動くとさらにリンデランのお腹が鳴る。


「リンデランさんはいつからここに?」


「ずっと真っ暗だったから分かりません……でも何人か他に人が連れて来られて、また連れて行かれて……ケちゃんと私が最後の…………デザートだと」


 人をデザートとは悪趣味なやつである。


 こんなところにいれば時間の感覚がなくても当然。

 良く暗闇の中で動揺も少なくいられたものだ。


「食事も、水もなくて、ケちゃんが来なければあと少しで干からびていたかもしれません」


 ケの魔獣は水の妖精なので多少の水なら出せる。

 囚われて数時間と思っていたがもしかしたらリンデランは囚われて数日経っているのかもしれない。


「えっと、ほれ」


「これは?」


「干し肉だ。逃げる時に走れないんじゃ困るからな」


 ジはポケットから布に包まれた干し肉を出してリンデランに放り投げた。

 念のためと持ってきたちょっとお高めの干し肉。


「硬いですね」


「一気に噛みちぎろうとせずにちょっとずつ噛んで食べるんだ。そうしてれば味も出てくる」


 リンデランはジの言葉に従い素直に干し肉をカジカジと食べている。


「なんていうか……しょっぱいですね」


 そりゃあ保存食だから多少は、出かけた言葉を飲み込んでジは顔を逸らす。

 リンデランは干し肉をかじりながら大粒の涙をこぼしていた。


 落ち着いたように見えてもリンデランは不安に押しつぶされそうになっていた。

 暗闇、何が起きているか分からない恐怖、連れて行かれては帰ってこない子供達。感情を押し殺し平静を装ってようやく自分を保っていた。


 自分より幼いケが来てからは自分がしっかりしなければと言い聞かせて、抱きしめて落ち着かせるようにしたけれど実際は自分のためで誰かにそばにいて欲しかった。

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