異変4
「ふっ!」
囲いの外側の隙間からグルゼイが先に魔力を込めた棒をジを目掛けて突き出す。
一定のリズムが出来かけていたところ、一瞬の判断で魔石をかわした体勢からさらに身体を反転させて棒をよける。
そうしている間にも魔石は次々とジに迫る。
少々不恰好ではあるがタイミング悪く複数の魔石がジの方に振られたのをギリギリかわして一息整える。
「しまっ……」
ペシっと魔石がジの頬に当たった。
魔力をほとんど込めない棒を感知するのが遅れて咄嗟に上半身を捻ってかわしたけれど次は小さく魔力の弱い魔石をかわしきれなかった。
「まだまだだな」
「もう一回!」
「分かった。
配置を変えるから待ってろ」
グルゼイは水の入った革袋をジに渡して吊り下げられた紐の位置を変え始めた。
一回やっただけで大粒の汗をかいているジはグイッと水を煽る。
グルゼイはジに対して内心驚きの感情を抱いていた。
オーランドの名前を出す貧民の少年が弟子にしてくれと言って、しょうがなくそれを受け入れてからどれほどの時間が経っただろうか。
すぐに逃げ出す、来なくなるものだとグルゼイは思っていた。
魔獣はスライムだと言うし剣を扱えるようになれば何か変わるかもしれないとわずかな希望を持って来たのだろうが人生そう甘くはない。
蜂蜜酒分ぐらいの働きはしてやろうと基礎的な身体を作る訓練や魔力感知の入り口を教えた。
とは言っても身体を鍛える以外のことは本人の感覚次第で掴むことができない者は一生かかってもできない。
泣かれでもしたら面倒だと思いながら真面目に訓練をこなすジを見て少し感心していたところだった。
例えるなら、まるで思い出したかのように突如魔力感知が出来るようになった。
感知の感覚を掴んだだけでも大したものだ。
認識を改めて本気で教えてもいいかもしれない、そんな思いがグルゼイに芽生えた。
しかし驚きはそれだけではなかった。
魔力感知における視覚化。
ただどこに魔力があると感知するだけでなく物の表面を覆う魔力や濃淡を正確に感知してまるで目で見ているかのように魔力で世界を捉えることをジはやってのけた。
グルゼイすらどれだけかけてその領域に達したのか覚えていない。
1つ言えるのは到達することは容易くはない。
そんな感心した気持ちをジに悟られないようにしながらもグルゼイは慌てて修行の準備を整えた。
才能がどこまで行けるのか、どう育つのか見てみたくなった。
少し見た目を整え冒険者ギルドに行って依頼をこなした。
魔石も入手できるしお金も手に入る。
仕事をしているとかで午前中は来ないことになっていたのでグルゼイは昼までに依頼をやって早々と準備を進めた。
同時にやはり気になったジの貧相さに昼飯を出して少しでも改善出来ないものかと思案した。
子供だからしっかりと身体を鍛えて栄養を与えれば見栄えはするはずと考えた。
逆に感覚を掴むのが早すぎる。
剣を使った訓練を始めるのにまだまだ身体が追いついていない。
もう少しジの身体ががっしりしてからと考えていたのに予定していた計画が前倒しになっている。
「木の剣ぐらいは与えるか……」
順当に計画をこなしていくのは良いことであるが調子に乗らせてはいけない。
おおよそ男子は木の棒を剣に見立てて遊び木で作られていようと剣を与えられれば大体舞い上がるものだ。
ジに関してそんな心配はしていないがそれでもしっかりした剣を一度持たせて重さや扱いの難しさ、注意をした上で木の剣で訓練を行うつもりだった。
「少し難しい依頼をこなさなくてはな」
揺れる魔石を完璧にかわし続けるジを見てグルゼイは思わずため息をついた。
ーーーーー
タが泣きながら帰ってきた。
リュシガーが真っ青な顔をしてジに頭を下げた。
「ケがいなくなった!」
タの言葉にジは意識が遠のく思いがした。
なんて事はない肝試し、ちょっとした冒険のはずなのにどこで何が起きたのか。
リュシガーから話を聞く。
目的地は北のハズレにある古い洋館の廃墟。
今は断絶した貴族が住んでいたもので丈夫な作りと曰く付きなお話のせいで壊されないまま長らく幽霊屋敷などと呼ばれている。
曰くも断絶した貴族の幽霊が出るとか夜中に女性の泣き声が聞こえるとか変哲もないもので、もちろん幽霊の存在なんて確認はされていない。
普段門は閉じられて入れないが横の塀はボロボロになっていて入れないとは言いつつも簡単に乗り越えることができる。
いつ頃からか男子の度胸試しや子供たちの身近な冒険の場所として選ばれるようになった。
誰ともなく声をかけ廃墟に近いところに住む子供ならば誰しも一回は行ったことがある場所になる。
危険はない、はずだった。
十数人ほどの子供連れてちょっとしたピクニック気分で廃墟を訪れたリュシガー達は部屋を覗いたり、先達たちが残したちょっとしたイタズラなんかを楽しんでグルッと廃墟を回った。
最初気づいたのはタだった。
隣にいたはずのケがいつの間にかいなくなっていた。
ケがいなくなって周りを見てみると何人か一緒に回っていたはずの子供がいなくなっていた。
特に迷うわけもなさそうな廃墟の中で迷子になったのか。
リュシガー達はもう一周していなくなった子供を探した。
けれどもいなくなった子供は見つからなかった。
むしろさらにいなくなった子供が増えた。
訳の分からない状況に恐怖したリュシガー達は泣いてケを探すと言い張るタや他の子供を連れて一度帰ってきた。
「俺、どうしたらいいか分かんなくて」
泣きそうな顔をするリュシガー。
いなくなったのはタをはじめとする貧民の子だけでなく平民の子も含め、1人2人でない。
体格は良くてもリュシガーもまだまだ子供である。
ましていきなり他の子がいなくなるなんて対処のしようもない。
「ごめん、ちゃんと2人の面倒を俺が見るべきなのに」
「……リュシガー、お前は帰って大人にこのことを言うんだ」
「えっ?」
「俺は大婆のところに行く。
早く行くんだ!」
「わ、分かった……」
嫌な予感がする。
「タ、大婆のところに行くぞ」
「で、でも……」
「ケを助けるためだ」
「ッ!
分かった!」
ジとタは走る。
タが追いつけるようにジは加減しながらだけれどタは全速力でジに着いていく。
「大婆!」
大婆は相変わらず起きているか寝ているか分からないような表情のままテントの奥に鎮座している。
「なんだい?
そんなに急いでどうしたんえ?」
「子供が失踪した」
「前に言ってたそれについては今調べさせてるよ」
「違う、さっきまた子供がいなくなったんだ」
「……それは本当かい?」
「こんな嘘ついてどうするって言うんだ。
失踪した子供にはこの子の妹もいるんだ」
ジの後ろには息を切らせるタ。
ジはリュシガーから聞いた話を含めて何が起きたのか大婆に説明する。
「これは悠長に構えてる場合じゃないね」
事の重大さを理解した大婆はフォークンを飛ばした。
「この子を頼みます」
「どうするつもりなのか、聞かなくても分かるが止めてもどうせ無駄なんだえ?」
「当然です」
「ふむ、その子は任せな」
「タ、大婆と一緒にいるんだ。
俺はケを探してくるから」
「私も……」
ダメだと首を横に振る。
ジの考えている通りならタがいても足手まといにしかならない。
「ケを見つけて無事に帰ってきてね……」
目いっぱいに涙を溜めるタの頭を優しく撫でてジはテントを後にする。
その日の夕方、街の巡回を担当する兵士数人が北のハズレの廃墟を捜索した。
しかし行方不明になった子供たちの痕跡は見つからず日が暮れてきたことから捜索は次の日以降に持ち越された。
その日の夜になってもケを探すと言って出て行ったジは帰って来なかった。
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