異変3
「よう! 久しぶりだな」
そろそろ帰ろうかと双子に声をかけようとした時ジ達に数人の子供達が近づいてきた。
見ると平民貧民の子どちらもいる。
「おう、リュシガー、元気そうだな」
一際身体の大きい先頭の子供がリュシガー。
鍛冶屋の息子で貧民に近い方の平民で平民ながら貧民の子供とも仲が良く、子供の中心的存在になっている。
ラやエがいた頃からジとリュシガーは友達である。実はラに贈ったナイフもリュシガーの親父さんの鍛冶屋で購入したものであった。
「何だ、どっかでサイフでも拾ったのか?」
3人が持つ荷物を見てリュシガーが首をひねる。
食材を買うぐらいのことは時々ならジでもやっていた。しかし自分よりも幼い双子の面倒を見てご飯まで買ってあげるなんてリュシガーも不思議に思った。
別にジをケチだと思ったことはないけど人に施しできるほど金があるとも思えなかった。
言えば目立つので人に働いてることを言っていないのでリュシガーもジが稼いでいることを知らなかった。
リュシガーの少し口の悪い言い方にジも思わず笑みがこぼれる。
「ちゃんとサイフ拾ったら大人に届けるさ」
「嘘こけ〜! あれだろ、中身だけ抜いてってことだろ?」
「はははっ、ヒドイな」
「タとケも悪い大人にはなるなよ?」
「ジ兄は優しくてとっても良い人だよ」
「そんなことを言うリュシガーの方が悪い人ー」
頬を膨らませて双子がジをフォローする。
思わぬ反撃を喰らってリュシガーが大笑いする。
「みんなして何してるんだ?」
「ああ、今日はメンバーを探してるんだ」
「メンバー?」
リュシガーも品行方正とはいかない。
中心的な役割を果たして大人びた雰囲気も感じる少年だが年相応のヤンチャさもあってイタズラに情熱を傾けることもあった。
人を集めているとあれば何か大規模な計画でもあるのかとジは思った。
「貧民街の北のハズレのさらにハズレに古い洋館が立ってるだろ? みんなで肝試しにでも行こうと思ってな」
「北のハズレ……?」
そんなのあったかなと記憶を探る。
あまり思い出せず首をひねる。
ジが大きくなった時にはもうなかったが子供の頃、つまりは今にはまだそのような建物があったのだろう。
「そっ。流石に夜抜け出してそんなとこにゃいけないから今から入ることになるけどさ。
お前らもどうだ?」
「いや……」
ジはグルゼイと鍛錬があるから行けない。
そう言おうとしてタとケに服を引っ張られる。
何かを訴えかける目をしている。どうやら行きたいらしい。
「俺は行けないがこの子らを連れて行けないか?」
双子の背中を押して前に出す。
場所も場所だし心配がないわけじゃないが止める立場でもない。
これが自分が子供の頃なら一も二もなく飛びついて一緒に行っていただろうことを考えると双子にも自由にさせてやりたい。
小うるさい爺さんにはなりたくないのだ。
「もちろんいいに決まってるさ」
リュシガーはグッと親指を立ててニカッと笑う。
こういう時のリュシガーは大抵大人数の子供を連れてワイワイと行動をする。
双子と同じか、それよりも幼いぐらいの子供もいる可能性もあるしこうしたことは慣れっこなので心配は少ない。
最悪でもリュシガーは平民の子供だから問題があれば一応兵士や警備隊が動く。
荷物をリュシガー達にも持ってもらい一度家に置きに行く。数日分にと思って買った安いパンをみんなに配って簡単な昼食と双子の面倒見を頼む。
軽く行って帰ってくるから心配するな、そう言ってリュシガーは双子と数人の子供達を連れ立って出発した。
廃墟といっても本当に危ない建物なら大婆あたりが黙っておらずに取り壊しているだろう。
心配しないのは無理だけどしたところで何か変わるでもない。
ジはみんなが出発するのを見送ると自分も家を出て師匠であるグルゼイの元に向かう。
実際グルゼイのところに行くなら北側に行くことになり方向的には同じであるのだがジはあまり騒がれても嫌なのでバレないようにと少し間をおいた。
特にグルゼイに剣を教えてもらっていることを誰かに言ったりもしなかったのはグルゼイが騒がしかったり目立つのが嫌いだし、ジもそれで何か言われるのが面倒だからである。
噂や話のネタとしてはすでに出回っているものだが詰めようとする人も探る人もいないのでこのまま噂程度であればそれで良い。
「ほれ、今日の昼飯だ」
グルゼイのところに到着すると紙に包まれた何かを投げ渡される。
包みを開けてみると焼いた肉が挟まれたパン。
弟子になってからさほど日数も経ってない頃からグルゼイは昼から来るジに昼食を食べさせるようになっていた。
最初こそは戸惑いもしたけれど今では素直に受け取って食べている。
それに伴いグルゼイの身なりも若干小綺麗になった。
髭も髪も長いままではあるがボサボサとしていた以前に比べて整えている。
やはりグルゼイとしても小さめなジの体格は気になっていた。
自分で稼げるようになってご飯を食べられるようになってジも過去に比べればマシにはなっていたけれどまだ小さい。
成長の限界はあるので無理に大きくなることまで望みはしなくてもジの体で成長できる最大限には成長させてやりたい思いがグルゼイにはあった。
なくてもかまわないがあって困るものでもない。
グルゼイの上背は普通だし筋肉が付きにくい方で体格の良い奴に比べられてしまうと苦労があった。
成長の助けになればいいと思うグルゼイなりの優しさ。
グルゼイはジが食べ終わるまで腕を組んでジッと待っている。
頑固で寡黙、非常に厳しい人物な印象を持っていたが思いの外ジを見る目は優しい。
まだ過去から含め一度もグルゼイに弟子だと明言されたことも呼ばれたこともない。
だからこの優しさが何なのかジには計りかねている。
ジが食べ終わるとグルゼイは修行の準備をする。
丸く囲うように木の棒が立てられた一角。棒から棒へと紐が渡されていて、傍目からみてもそれが何なのかは分からないだろう。
グルゼイが張り巡らされた紐にさらに紐を垂らすように括り付けていく。
垂らされた紐の先には大小様々な石が吊り下げてあって軽く紐を揺らして落ちないか確認する。
異様な光景であるのだが少しずつ増えた棒と紐を毎日眺めていれば脅威でもないのですぐに面白い見世物と周りの認識が変わった。
頑張れよ!なんて声をかけてジの頭に布を巻いて目をふさぐ貧民街のおじさん。
木の棒の囲いには入らずその一歩手前で集中を高める。
何も見えないが集中していくと世界が分かり始める。
グルゼイの技の中でも重要な部分を占める感覚を養うための訓練。
どんなものでも魔力を持っている。そして生物は魔力を感知することができる。
人は魔物に比べて魔力を感知する能力が劣っている。劣ってはいるのだが魔物と違い人はその感覚を磨くことができる。
したがって魔力を感知する感覚が極まると感知した魔力で世界が見えてくる。
例え壁の向こう側にあってもそれなりに魔力を持っている物ならば分かる。
最初は久々で苦労した。
グルゼイが棒を持ち先に魔力を込めて時折ジを突く。
ジはそれを感知できずに突かれて悶える。
身体がアザだらけになるほど突かれてようやく魔力を感じ取れ始めた。
グルゼイ1人では両手に持っても魔力の発生源は2つが限界になる。
そこで紐にいろいろ括り付けて感知の精度をより高めさせようとした。
速度を上げたり魔力を持つものを増やしたり段々と難易度が上がっていった。
グルゼイは吊り下げた石を適当に揺らし始める。
今吊り下げられているのは魔物から取れる魔石を適当に砕いたもので小さくても大きめの魔力を含んだものや大きくても魔力の弱いものまで様々あり、ただ物が持つ魔力よりも感知がしやすい。
一つだけだった石は二つになり、三つになり、今では十数個。
「始め」
グルゼイの合図でジが囲いの中に足を踏み出す。振り子のように揺れる魔石を感じ取りタイミングを合わせて進み、出来る限り少ない動きで回避する。
「何回見ても凄いな」
見ている人から感嘆の声が漏れる。
1個でもいっぱいいっぱいだったジはあっという間に十数個まで対応してみせた。
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