異変2
残念ながら目のないスライムのフィオスでは出来ない魔法になるが過去にラが試してみた話を聞いた。
魔獣と視界を共有するのは感覚的に適応するのが難しいらしい。
自分の視界と勝手の効かない魔獣の視界両方が見えて具合が悪くなると言っていた。
大婆はそんな視界共有をフォークンと2匹のミニフォークンの計3匹と行い、魔獣と魔法をコントロールしながら情報も処理している。
恐ろしいほど卓越した技術と処理能力。
王国魔法師団だったと言われても納得の能力だ。
それに加えて大婆は貧民街に住んでいる人なら大体の顔を把握している。
どうやっているのかは知らないけれど新しく来た人もいつの間にか把握している。
特に子供なら何か事情がなければ遠くに行くことは少ないし外にいることが多いので大婆になら分かるはず。
大婆の顔が曇る。
どれぐらいの時間が経ったのかジには分からないけれどただ大婆を待った。
「確かに異様に子供の数が少ないね」
フォークンがテントに飛び込んできて大婆は目を開いた。
「普段なら2、3人いなくても気に留めないがそれよりもいない子の数が多いかもしれないね。
今の貧民街の動きを考えても多いと言っていいかもしれないね」
「やっぱり、そうか……」
ジは調べる中で思い出していた。
鬱々として元気もなく外に興味を持たないように生きてきた時期だったので記憶に薄く思い出すのに時間がかかった。
「数まで数えんから気づかんかった」
少し声色に焦りが見える。
基本的には自由にしておくので細かくチェックすることもしない。
子供の数の変動の理由が大婆にも分からないでいた。
「お主は何かを知っているのかえ?」
「ううん、街を巡回してる兵士が失踪について話しているのを聞いて気になって調べてたんだ」
「そうかえ」
「ただの噂じゃ済まなそうだね」
「……このことはワシの方でも調べてみよう。
お主は無茶するでないぞ」
「分かりました」
なんとなく思い出したはいいがジはこの事件の過程を知らない。
何かが大暴れして王国騎士団が制圧したとうっすら記憶にあるぐらいだ。
どこで何があったかは思い出せない。
でも王国騎士団が動いたってことは貴族、少なくとも平民のいいとこの子は関わっている。
どっか平民街で大きな事件があったが頭をひねるけど過去の子供のころのことはあまり記憶にない。
特に魔獣契約直後のことは思い出したくもないし思い出せるほど何かもしなかった。
愛嬌たっぷりに笑ってみせるジを大婆はフォークンを撫でながら観察する。
「……お主変わったのぅ。
他の子に比べれば聡くても所詮は子供の域を超えんかったに、最近はいろいろしとるそうじゃね」
非常に落ち着いた態度もそうであるし、子供の失踪なんて子供はおろか大人ですら気づいていない。
魔獣の契約についての話は大婆にも聞き及ぶところでジのスライムについても当然知っている。
仲良くしていたラとエが優秀な魔獣と契約して兵士団に連れて行かれた。
さぞかし落ち込んでいると思っていたのにその前後からジは変わった。
何をしているのか細かく調べることまではしない。
それでも噂好きな貧民街の人から多少の噂は入ってくる。
朝早くどこか行っているとか買い物して帰ってくるとか、貧民街にいきなり現れて瞑想ばかりしていた男を師匠と呼んで身体作りをしているとか。
落ち込んでないのはいいことなのだが人が違って見えるほどジは変わっていた。
「過去は変わらん。
が未来は変えられるかもしれん。
頑張りよ」
「あの、過去って本当に変えられないのかな?」
「いきなりどうしたんかえ?
ひっひっ、まあいいさね、答えてやろう」
なんとも子供らしい掴みどころのない質問。
大婆は快く答えることにした。
「過去は変わらん、変えられんよ。
ただし変えられるものがいないとも言えない」
「それは、どういう?」
「普通の人間には不可能なことということじゃ。
しかし……うむ、精霊が良い例じゃろう。
魔獣ではないが呼び出しに応じて契約を結ぶ者がおる。
同様に長い歴史の中では人と契約した神もおったそうな」
「神?」
「そう。最も神に愛された者たち。
そして人と契約した神の中に時を司る神がいたことがあったと古い記録にある。
御伽噺のような話じゃがこの国の大昔を辿ると時の神と契約を結んだ王がいたそうな」
どこか遠くを見るような目をして大婆がフォークンを撫でる。
「時間を操る力を持ち、度重なる戦争に勝利し王として確固たる地位を築いた。
負けそうになるたび、危機に陥るたびに時間を戻したなんて噂もある」
「時間を戻した……」
「真実は本人にしか分からないがね。
しかし強大な力を持った王はなぜなのか早くに老け込んでしまい、短い生涯を終えてしまったらしい。
まあ普通の人には出来ないし出来ても大きな代償を払うことになるのじゃろう」
「それ以外で、時が戻ることって」
「まずないじゃろう」
「……ありがとうございました」
「何、年寄りは暇じゃ、いつでも遊びに来なさい」
ジの身に起きた出来事。
目が覚めるたび体が老いて何も持っていないあの頃に戻っているのではないかと不安に襲われる。
大婆のところを後にして歩きながらぼんやりと考える。
大婆の話を聞くと同じことが自分の身に起きたのではないかと思える。
しかしジが契約したのは神様ではなくスライム。
抱えるフィオスを突いてみる。
指の形にフィオスがへこむ。
嬉しいとか喜びの感情が伝わってくる。
何をしてもフィオスは喜ぶ。
突いても抱っこしても、もしかしたら叩いたってそうかもしれない。
試す気はないけど。
ポヨンポヨンと揺れるフィオスは出しておくだけでも幸せでその感情が伝わってきてジもなんだか幸せなのでジはフィオスを出しっぱなしにしている。
大きな魔獣では難しいが小さい魔獣ではそのように出しっぱなしの人も多い。
小さくもできるが魔獣が小さくなることに若干の窮屈さを感じるらしく小さくさせっぱなしな人もあまり見ない。
何があったのかスライムに問うても答えは返ってこない。
フィオスはまたジの元に来たのだが同じスライムなのかすら分からない。
ジが知っているのは貧民街に時々支援や施しをしてくれる慈愛の神ぐらいのもので後はちらほら農業とか鍛冶とか職業に神がいるとかそんな認識である。
時の神なんて存在知らなかったし契約している人も身の回りにいたとは思えない。
仮に誰かがそうしてくれたにせよ孤独で無能だったジを過去に戻す意味もわからない。
時間をつかさどる神の存在なんて初めて聞いたし、フィオスがそんな時の神様には到底思えない。
もしかしたらジを憐れんで神様が時間を戻してくれたのかもしれない。
グルグルと答えの出ない問答が頭の中で続いて気づくと家に着いていた。
「ジ兄お帰り!」
「ジ兄ちゃんお帰りなさーい」
家に帰るとタとケの双子が出迎えてくれた。
ジの家に鍵はかかっていないので知り合いなら出入りは自由である。
あったはずの錠は壊れているし、対応する鍵もジが住み始めた頃にはすでになかったので鍵はかけられないが正しいが。
貧民街の子供が住む家に押し入って何を盗めるわけでもないとみんな分かっているので鍵をかける必要もない。
「ただいま」
現在はちょっとお金が置いてあるので盗みに入られるとジには少し痛手になる。
タとケも半ば住んでいると言えるほどジの家にいた。
ラとエの部屋はそのままにしてあり、双子は空いていた一部屋を一緒に使っている。
家に入ると2匹の妖精も出迎えてくれた。
双子の契約している魔獣の風の妖精と水の妖精である。
姉のタが風の妖精で妹のケが水の妖精で妖精自体も仲がいい。
双子の手のひらほどの大きさの妖精はヒラヒラとジの周りを飛んで歓迎の意を示す。
妖精は魔力が強い。
王国が前に実施した魔獣契約で契約したのならきっと王国でも声をかけたと思うのだが現に双子はここにいる。
事情は分からないが双子にも何かがあるのかもしれない。
双子の手を引き、手を引かれ夜のご飯を買いに行く。
ちょっと困り顔のジとニコニコとした双子にみんなホッコリと笑顔になる。
帰る時大婆にポケットにねじ込まれた銅貨1枚も使って食材とちょっと出来合いの料理を買う。
双子がいると買い物が安く済んでついつい買い過ぎてしまう。
料理の紙袋は双子に持ってもらい他の荷物はジが担当する。
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