異変1

 一仕事終えたジも実は疲れていた。

 自信満々に見えていても内心不安であんな状況で緊張しない方がおかしい。


 何か甘い物でも買っていこうかと商人ギルドを出て適当な店を探す。

 商人ギルドの近くとあって辺りには店が多い。


「最近子供が失踪してるらしいな」


「子供の失踪? 貧民のガキがどっかにいなくなったって話じゃないのか?」


「それもあるかもしれんけど平民の子供も失踪してて調べてみると貧民も普段より多くいなくなってるってよ」


 歩いていると聞こえてきた都市の巡回兵の会話。

 何気ない噂話のつもりで話しているがジは会話に引っ掛かりを覚えて立ち止まった。


「……失踪」


 兵士の会話はすでに他のことに移っている。

 追いかけて細かく話を聞くわけにもいかずジも再び歩き始める。


 途中焼き菓子を買って帰る時も何かモヤモヤとした気持ちが晴れなかった。


 歩く人が減っていき貧民街。


 もとより多くのグループに分かれていて出入りも激しくいなくなっても分かりにくいことに加えて、王国に連れて行かれたので子供が減ってそうしたグループの変化が起きていてさらに分かりにくくなった。


 貧民街も王都たる大都市では一ヶ所だけではない。

 仮に子供が失踪しても貧民街じゃ分からない。誰も気に留めない。


「あっ、ジ兄、みっけ!」


「おっと。飛びついたら危ないじゃないか、ケ」


 もう少しで家というところで横からいきなり衝撃。

 ジの腰に手を回した薄く紫色をした腰まである長い髪の少女はイタズラっぽく笑う。


 名前をケといい、他の貧民街にいたが変態に手を出されそうになって良識を持った貧民街の大人たちによって逃げてきた。


「タは?」


 タとはケの双子の姉。


「ふふーん、タはねぇ、あっち。賭けをしたんだぁ。ジがどっちから帰ってくるか。それでねぇ、ジ兄がこっちから帰ってきたから私の勝ち!」


「あー! ケ、ズルい!」


 再び衝撃。


「ケの勝ちー!」


「負けたー!」


 双子の姉タであった。タとケは同じ顔しているが唯一見分けられるポイントとして姉のタには左目に泣きぼくろがある。


 天真爛漫で貧民街に居ながらスレたところがない2人は貧民街のみんなから可愛がられている。


 ジはそんな子が来たと知っていたが特に興味もなく過ごしていた。

 ある時仕事を始めて多少食料を買い込んで帰る時に自分の魔獣に食べ物を与えてしまって自分の分がなくなってしまっているのを見てジが少し食べ物を分け与えたのがきっかけになる。


 己の食い扶持ですら心配な状況で魔獣を大切にする純真さに施しをしたわけなのだが何故か懐かれてしまった。


 時々あっては食べ物なんかをあげていたのだが、気づけば近くに現れるようになり、いつの間にか毎日会うようになっていた。


「今日はお仕事?」


「いいや、でも大事な用事を済ませてきたんだ」


 ケの頭を撫でてやると嬉しそうに目を細める。

 娘が、いや孫がいたらこんなだったのかなとジも嬉しくなる。


「むぅー」


 タがジの服を引っ張り不満そうな顔を見せる。


「フィオスを抱えてるから手は1つしか空いてないんだ」


「じゃあタがフィオス持つ」


「分かった。ほれ」


「はーい。フィオス、よしよし」


「ふふ、よしよし」


 双子はフィオスを気に入ってくれているしフィオスも可愛がってくれる2人を良く思っている。

 タに撫でられてフィオスは震えて喜んでいるし、ジに撫でられてタも気持ちよさそうにしている。


「そうだ、2人に聞きたいんだけど」


「なーに?」


「なーに?」


「この最近身の回りでいなくなった人とかいない?」


 例の失踪事件がなぜか気になったので少し調べてみる気になった。

 タとケならある意味顔は広い。


「うーんとね……そういえば最近あの人見ないね」


「あの人?」


「ジ兄ちゃんより年上っぽそうな人! 名前は知らない」


 それはそうかとジも思う。

 今現在の呼ばれているジやタやケも名前を付けてもらったというより識別するためにひとまずそう呼んでいる感じが強い。


 貧民街出身ならそんな識別のための名前しかなくてわざわざ名乗らないことや名前があっても言いたくない人もいる。


 顔が分かってればいいから双子も人の名前を認識していないのだろう。

 男相手にはおじさん、お兄さんって呼んでおけばこの双子の場合問題はない。


 ジはわざわざ覚えてくれた特殊なケースだ。


「教えてくれてありがとう。今日は焼き菓子を買ってきたから2人にも分けてあげるよ」


「わーいっ」


「それではお家にどうぞー」


 そしてさらに家にも双子は入り込みつつある。


「お邪魔させていただきます、お嬢様」


 しばらく会ってないのか、他に移ったか、失踪したか。


 なんだか嫌な予感がしてならない。


 ーーーーー


 数日後、ジはある場所を訪れていた。

 貧民街の大きめのテント。中に入ると1人の老婆が大きな杖を抱きかかえるようにして鎮座している。


 数日の間色々な人に聞いて回った。

 何人か失踪を疑われる人がいてさらに調査をすると他の場所にいた人もいたがどこにも見当たらない者がいた。


 誰にも何も言わず急に消えたのだ。

 誰も知らないだけでどこか行った可能性も否定できないわけではないけれど一人二人ではなく物も置いて行っている。


 みな子供に対しては口が軽く話してくれるけれど、だからこそ事態の深刻さには気づいていない。


 しかしいなくなった人に法則性もないので1つの事件につなげるには無理がある。


 最後の一押し、確信を得るためにジはこの老婆の元に訪ねてきたのだ。

 テントに入ると老婆がゆっくりと顔を上げる。


「何か用かえ?」


「大婆さんにお願いがあってきました」


 皆が大婆様や長老などと呼ぶ老婆はジにも正体が分からない。

 ジよりも遥か昔から貧民街にいる人である人は彼女のことを元王国魔法師団の一員だったと言い、またある人は流浪の占い師だと言った。


「なんだえ? いってごらん」


「最近貧民街の子供が誘拐されている疑惑があります」


「……貧民街は世捨て人の集まり。


 助け合いは信条とならず頼れるのは己、厄介事に首を突っ込まないのが賢い生き方だよ」


 濃いグリーンの瞳がジを見つめる。

 全てを見透かすような、そんな印象を受ける瞳である。


「最初に子供を守ろうとしたのはあなたの方でしょう」


 暗黙のルールとなっている『子供に手を出さない』の発起人こそこの大婆である。

 貧民街の事情通とも呼ばれる大婆は良識の残る大人と警備隊を説得して貧民街を変えた。


 ジもこの話を聞いたのは過去の話。

 今の若い時からするとずいぶんと先のことになる。


 そのときには大婆はいなかったので確かめようもなかった。


「別に貧民街のみんなを守ろうなんて思っちゃいないけど周りの人が被害に遭うのは嫌なんでね」


「ひっひっひっ、なんだい、あたしも事情通なんて言われてるけどあんたもいろいろ知ってそうだね。


 よかよか、1つ見てみるとしようかい。フォークン」


 大婆の頭の上に黒い鳥が現れる。


 大きくはないが濡れたような艶やかで美しい黒い羽を持ち、目からは高い知性を感じさせる。


「ちょっと行ってきておくれ」


 大婆の魔獣、シャドウバード。

 それなりの魔力を持つ魔物で知性が高く意思の疎通が取り易い。


 シャドウバードのフォークンが翼を広げて一鳴きするとフォークンの両脇にフォークンよりも一回りほど小さな鳥が出現する。


 艶やかな羽がしっかり見えるフォークンとは違い、境目がぼんやりとして見える魔力で作られた偽物のフォークン。

 小さくもう一鳴きしてフォークンと2匹のミニフォークンはテントから飛び出していった。


「サードアイ」


 大婆が目を閉じて魔法を発動する。魔獣と視界を共有して貧民街を広く見渡す。

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