知ってる知識を活用し3

「まだあと2つありますよ?」


 呆然とする2人に対して余裕の表情で指を2本ひらひらとして見せる。


「んっ、そうだな……少なくとも1つ目は通してもいいだろう。


 この分で続くなら1つ1つ分けた方がいいかもしれんな。

 ヘルファンドに3回分払うつもりがあるか聞いてこなければいけないな」


「待ってください。彼もそれほど多く余裕がありはしないでしょう。


 ジ君、君はヘルファンド君のところで働いてはいるけど商会員ではないんだろ? どうだい、僕のところに来るつもりはないかい?」


「マクサロス!」


「あと2回分、僕が払おう。君は非常に聡明だ。


 教師を付けて勉強も教えるし、僕には子供がいないから養子を取ることも考えている」


「おい、ここはそんな場じゃないぞ」


 フェッツが憤った顔でマクサロスを制する。密室で本来の目的と離れた引き抜き行為など越権行為も甚だしい。


 信用問題に関わりかねない。


「ここまで賢い子は見たことがありません。


 ヘルファンドにくれてやるのはもったいない、そう、思いませんか?」


 マクサロスの細目からわずかに見える黒目がフェッツの緑の瞳を捉える。

 正直フェッツもジに興味がないと言えるわけもないほどにひかれているがだからといってこんなところで声をかけるのはやりすぎである。


 相変わらず狡猾な男だと思う。


 ここであったことは外で言うことはできない。

 特許契約に高い金がかかることをさりげなく伝えて、自分はそれを払えるアピールをする。


 まさか養子にするとまで言うとは思いもしなかったが破格の条件である。


「答えは今出すこともありません。とりあえずここは私が出すというだけで……」


「ヘルファンドさんに聞いてからにします」


 マクサロスの顔が凍りつく。


「もし費用が捻出できないとおっしゃられるのならマクサロスさんの手を借りることもあると思いますが出してくれるならこのままヘルファンドさんにお世話になりたいと思います」


 想像だにしなかったお話。

 魅力的な提案であることは間違いなく、ゆくゆく副ギルド長の義理の息子となり商会の運営が出来るなんて話貧民にしてみれば話が良すぎる。


 ただジはオランゼが将来どうなるか知っている。利用価値も高い。


 それに商人が目の前にぶら下げた餌に飛びつくのはあまり良くないことなのも分かっている。


「そうですか。あまりに話を急ぎすぎましたね。


 ヘルファンド君に聞いてきましょう」


 マクサロスは驚きと怒りを隠して平静を装って答えた。

 ここまで良い条件を提示して断られるとはマクサロスも考えていなかった。


 頭がいいとは思いつつ貧民の子だと軽んじていたのだ。


 逆に好条件すぎて警戒したのか賢い子ならそれもありうる。

 焦りすぎて失敗してしまった。


 もう少し慎重に距離を詰めるべきだったと反省する。


「申し訳ないな、ジ君。


 気持ちはわからないでもないが今やることではなかった」


「い、いえいえ、頭を上げてください!」


 フェッツが頭を下げる。子供相手でも通すべき礼儀は通す。


「許してやってくれ。いろいろ複雑な時期なんだ、あいつも。


 ……そうだな、少し休憩としよう。

 ケラーシェン、何かジュースがあったろう、持ってきてやってくれないか」


「わかりました」


 まだ来てから長い時間が経ったとは言えない。ジュースを出すのも詫びと口止めと言ったところか。


 ケラーシェンがジュースを持ってくるのとマクサロスが戻ってくるのはほとんど同時だった。


「あの手を揉む癖、変わらないですね」


 1回分でも特許契約魔法はそれなりの値段がする。オランゼも悩んだことだろう。

 結局メドに怒られること覚悟でお金を払うことに決めたようだ。


 もしかしたらマクサロスが何かせっついたのかもしれない。


 その後休みなく2回分特許の内容を話す。


 半端な内容なら協議を必要としたり時間がかかるものだがフェッツもマクサロスも文句なしで特許内容を認めた。


 3枚の契約書にサインをしてフェッツが防音の魔法を解く。


 これでジの話した内容はギルドに記録された。個人はおろか国でさえ勝手に技術を使うことは許されない。


「次は特許の使用契約になるがそのまま始めてしまっても大丈夫か?」


「ジュースをもう一杯くれたら頑張れるかな?」


「ふっ、わかった。ケラーシェン頼むよ」


「マクサロス、ヘルファンドを呼んできてくれ。特許の仲介は私が行おう」


「それでは呼んでまいります」


 ひとまず山を越えてホッとする。ジュースも美味い。


 マクサロスに連れられてやってきたオランゼは待っている間も気を揉んでいたのか、やや疲れているように見えた。

 右手の真ん中も押していたから真っ赤になっている。


 再びジュースを持ってきたケラーシェンとマクサロスが退席して部屋にはジ、オランゼ、フェッツだけとなる。


「待たせたな、ヘルファンド」  


「いえ、思っていたよりも短かったです」


「そうか」


 オランゼが咄嗟に右手を左手で覆って隠すがフェッツはそんな様子を見て何も言わない。


「今回の特許の申請は3つ、全て文句なしで特許に相応しいと判断した」


「3つも……」


 3つもやると聞いていたので最低でも最初の1つは通ったのだろうと予想していた。


 3つあるとマクサロスに聞いた時も驚いたがそれを許可する2人やさらには3つ全てが通ったと聞いてもはや驚きを通り越して遠い世界の話を聞いているようだ。


 フェッツもマクサロスも自分よりも前の世代からの生粋の商人で態度は柔らかいが仕事に甘さはない。そんな2人が協議もなしに認めたとは信じ難い。


 しかもマクサロスに言われた。ジを引き抜こうとしたと。


 正確には商会員でなくともオランゼの元で働いている者を仕事中に引き抜こうとしたとマクサロスは悪びれもなくオランゼに言ってのけた。


 苦情を言おうかともしたがジは商会で保護されている人物でないし、引き抜きを行なったタイミングを卑怯だと言うぐらいしかできなかった。


 3回分の費用もマクサロスの態度を見て腹がきまった。


「1つ目は――」


 神童。この言葉をまず思い浮かべた。


 厚かましくも3杯目のジュースをお代わりしている貧民の子の考えに自分の考えを挟む余地もなく、ただただ驚かされっぱなしである。


 事業への利用法まで伝えられて契約を拒否するわけもない。劇的に事業が良くなる物ではないがうまく使えば苦情は大きくなくなるし他への応用可能性もある。


「契約料は費用も出してもらいましたし1年間は無料で構いません」


「それは……」


「僕は……ヘルファンドさんに感謝しています。きっと他の人なら僕はこんなことさせてもらえなかったと思います。だから少しでも恩返しさせてください」


 自分でも背中がゾワっとするが仕方ない。

 子供らしい表情を作る。


「なんと……そんな」


 ジュースは美味いが3杯も飲めばお腹がいっぱいになる。子供っぽさの演出。

 聡く抜け目のなさそうな子供に見えて恩義を感じ利益にならない便宜を図る。


 秘められた感謝の思いにオランゼのみならずフェッツまでも感動する。


 オランゼの中でジに対する好感度が上がる音が聞こえる気がした。


「でも2年目からはお金貰いますよ」


「はははっ、それは当然だな。私としても文句はないさ」


 オランゼが破顔する。滅多にないオランゼの笑顔。


「それと3年間はこの特許を非公開でお願いします」


「本当にいいのか? これは公開すれば問い合わせがあるだろうに」


「はい。もし似たような技術の問い合わせがあればその方には公開して構いませんが今はまだ積極的に公開するつもりはありません」


 ここまでヘルファンドに便宜を図るとは。

 フェッツは目の前の少年の能力にも心意気にも感動しっぱなしだった。


 これほどまでにオランゼに恩義を感じているなら引き抜くことも難しかろう。

 自分もこっそり声をかけてみようなど思っていたのを反省した。


 3枚の契約書に2人がそれぞれサインする。商人ギルドが証人となる信頼の高い契約。


 これでオランゼに対して出来る限りのことはした。後はオランゼの手腕次第でどこまで広げていけるかである。


 あえて3年の非公開期間を設けたのも何もオランゼに技術を独占させるためだけでない。

 期間を意識させてオランゼの行動を早めようとしたのである。


「私は帰って計画を練るとしよう。ジはどうする?」


 さっそくオランゼは手のひらを撫でている。

 押すまではいってないから深くは考えていないがもうジの提案をどう利用するか考え始めていた。


「少し辺りをぶらついてから帰ります。今日はありがとうございました」


「いや、こちらこそ疑って悪かった。それにありがとう。3回分の料金を払ってきたなんてメドが怒るかもしれないがその価値はあったよ」


 これで何か食べて帰るといい、そう言ってオランゼはジに銅貨を3枚ほど渡して足早に帰っていった。

 思いのほかお金を使うことになったので手持ちではなく商会に預けているお金から費用を出すことになったので手持ちにお金があった。


 あの分ならこの先も心配は無さそうである。

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