知ってる知識を活用し2

「自分が何を言っているか、分かっているのか」


「遊びでこんな提案すると思いますか?」


「……………………」


 深くイスに座り直して空のカップを見つめたままオランゼは沈黙する。

 無意識に手のひらを強く押して揉んでいた。


 内容を聞かない事にはなかなか判断がつかない。


 特許契約魔法の料金や保証金はジに払えるものでないからオランゼが持つしかない。

 内容は商人ギルドを通るのか、通っても本当に事業に使える内容なのか。


 信用するかしないか。

 最後は結局商人の勘に頼ることになる。


 ジにしてもこれは大きな賭け。

 数ヶ月の信頼で何も言わずに難しい決断を迫っている。


 しかし、もしこれを乗り越えられたなら、ジは事業にとってなくてはならない存在になる。


 この先、ゴミ処理の仕事は都市全体へ、国へと広がっていく。

 そしてそれだけに収まらないのがオランゼという器なのだ。


 街中や大きな建物の清掃の外注も請け負うようになり裏の事業も密やかに始まる。

 最初は噂をまとめて情報分析をする程度のことが分かりやすくするために体系化するうちに情報屋へと発展する。


 掃除の人間がいても良くない顔をする人はいるかもしれないが、まず気に留める人はいない。

 もっと緩い人なら掃除の人間をいないように扱い大きな声で会話もする。


 最初は清掃員。

 噂や何気ない会話で気になるものをしっかり記憶して持ち帰り記録した。

 情報の収集も事業をさらに広げたり細かいニーズに応えたりが主な目的だった。


 次は清掃員とは別にアマチュアながら情報収集をメインにする半清掃員を育成した。


 文字を書ける人や話術が上手い人を使い、さらに顧客に入り込んでいく。

 オモテの情報収集係だった。


 最後に影に紛れて情報を集める諜報員を育て上げた。


 貴族は自分のところで人を雇っている。

 家の中の掃除はそうしたメイドや執事、専門の侍従が行うので必要がないがゴミ処理などは貴族からも要望があったし、事業拡大の反発やクレームに対処するために情報が必要だった。


 そこで問題となりそうな貴族を監視させたり貴族の侍従に近づける人、最終的に貴族の屋敷に侵入まで行う完全に闇の事業を確立した。


 ゴミを集めて回っている者が情報屋なのだと誰が気付こうか。

 情報屋もやるころには直接持ち込みも可などとうたっていたので情報を買いに来るものがいてもゴミを片手に来れば疑われもしなかった。


 安定したお金もジの目的だが本当の目的はこの情報屋事業に一枚噛むことである。

 本来なら情報屋事業はもっともっと先。


 だからゴミ処理事業を加速させ、早くから高い信頼を築いておきたい。


 オランゼはすっかり温かさを感じなくなり、ずっと置いてあるためかなり濃くなって渋みや苦みが出ている紅茶をカップに注いでまた一気飲みした。

 気付け薬代わりである。


 愚かな選択。

 酔っぱらっていたってしないだろう選択を今しようとしている。


「わかった。


 その提案受けよう」


「会長!」


 メドか驚愕した顔をする。

 こんな無茶な提案拒否すると思っていただけに驚きを隠せない。


「今から商人ギルドにいくぞ。

 メド、しばらく頼む」


「い、今からですか⁉︎


 会長、本気ですか!」


「本気だ。


 ジ、今からでも大丈夫だろ?」


「もちろんです」


 ここまで早い決断をするとはジも思っていなかったから驚いたがオランゼは慎重に見えて野心の強い男である。

 怪しい提案に一も二もなく飛びつく人でないが機会を逃すほど慎重すぎる人でもない。


 この提案を逃してはならない。

 頭のどこかでそう勘が告げている。


「費用は俺が持つ。


 もし俺のことを騙していたりくだらない内容だったら……子供でも容赦しないからな」


「それは聞いてから判断してみてください」


 道中の会話もなくオランゼに連れられて商人ギルドに赴いた。

 平民街と貴族街の境目にある一際大きな建物が商人ギルドである。


 ジが訪れた経験はあまりなく馴染みが薄い場所。

 オランゼが受付に用件を伝えると受付が人を呼びにいく。


「おお、久しぶりだな、ヘルファンドの倅」


「お久しぶりです、副ギルド長」


 ほどなくして奥から痩身細目の小さい男性が出てきた。

 オランゼの身長は比較的高く、比べると頭2つ分は小さい男性は線の細さも相まって低いというよりも非常に小さく見える。


 オランゼがうやうやしく頭を下げてもまだオランゼの方が高い。


「特許契約魔法を使いたいとのことだけど君がその相手かい?


 よろしくね、僕はショルネー・マクサロス。

 この商人ギルドの副ギルド長を任されているんだ」


 ジが抱いたマクサロスの印象は年齢不詳。

 この国の商人ギルド本部の副ギルド長を任されるならそれなりの年齢はいっているはず。

 なのに話し方も若く見た目もそんなに年がいっている風には見えない。


 笑ってみせると細い目が閉じた様になって目から考えがうかがえなくなる。

 今もどうジを見ているのか分からない。


「僕とギルド長、もう1人が話を聞いて記録し内容を判断するよ。


 子供相手とはいえ手加減はしないからね」


 付いてきてと商人らしくさっさと歩いていってしまうマクサロスに付いていき奥側にある部屋の前で立ち止まる。


「ヘルファンド君はあっちの部屋で待っててね」


「分かりました」


「じゃあ君はここね」


 マクサロスがやたらと分厚く見えるドアを開けてジを招き入れる。


 窓もない小さい部屋。

 長テーブルに1人、部屋の隅にある小さいデスクに1人。

 マクサロスが長テーブルの男性の横に座り正面に座るように促す。


「私はギルド長のフェッツだ。


 そちらの隅にいるのが記録係となるケラーシェンだ」


 フェッツは恰幅の良い老年男性。

 ケラーシェンは若めの女性。


 ジはフェッツのことを知っていた。

 会ったことはないけれどジの知る過去の未来である意味有名な男である。


 未来で戦争が起きて、その最中にフェッツは非常に早い見切り速度でもって家財をかき集めて逃げた。

 ギルド長になるくらいだ、大きな商会を運営していたのにだ。


 都市の経済は混乱に陥ったが戦争は勝利を収めた。

 結果フェッツは国を見捨てた裏切り者になり、戦争のために国を脱出も出来ずに捕らえられて死罪になった。


 目前に敵兵が迫れば誰でも怖い。

 批判するつもりは毛頭ない。

 一つ違えば国は敗れ彼は別の国で再起していたことだろう。


 むしろ素早い判断で英断ともいえると思う。

 当時の状況を考えると間違った考えでもなかった。


 フェッツはフェッツなりに自分の持つものを守ろうとしただけなのだから。


「ジです。


 よろしくお願いします」


「よろしく、では始めようか、サイレント」


 フェッツが手を振ると部屋が魔力に包まれる。

 防音仕様の部屋にさらに防音の魔法。


 徹底していて抜かりはない。


「この魔法陣に血を垂らしてください」


 フェッツとマクサロスが指先をナイフで指先を傷つけて魔法陣の描かれた紙に押し付けると血は紙に吸い込まれてしまう。

 赤いシミ1つ残さず2人の血を吸い込んだ紙とナイフをジに差し出す。


 ジはナイフを手に取ると躊躇いなく指先を小さく切りつける。

 大人だって痛みに弱いものだとこれぐらいでも嫌がる人がいるのにジは流れるように2人に続いた。


 フェッツが小さくほぅと感心の声を漏らす。

 説明も手助けもしないままジは紙に指先を押し付ける。


 滲んだ血の感覚が消えて同時に指先の痛みが無くなる。

 魔法陣に組み込まれた簡単な治癒魔法が発動して指先を治療したのだ。


 最後にケラーシェンが魔法陣に血を登録する。


「よろしい。


 これよりここでされる会話は記録され、権利者の許可なく漏らさないことと誓おう」


「じゃあまず1つ目」


「1つ目?」


「ファイヤーリザード。


 乾燥した山岳に住む魔物で人と契約して魔獣になることもある。


 背中が火で燃えていて魔獣としても厄介だけれど――」


 子供にありがちな要領を得ない話し方とは違う。

 名前からして貧民の子供なのは容易に予想ができる。


 つまりは学がないと思われる。

 貧民の子が他に比べて同年代であっても大人びた態度や考え方をする子がいることは知っていたがジの話ぶりは回りくどい言い方はありながらも簡潔で要点を抑えている。


 すでに商会のいくつかを任せている息子の姿が頭をチラついてフェッツは天を仰ぎたくなる気持ちだった。

 未だに自信なさげにモゴつく様にはため息が出る。


 歴戦の商人を前に密室で自信満々に話を終えたジにフェッツもマクサロスも言葉を失った。

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