知ってる知識を活用し1

「改めてどうした? 


 今日は仕事の日じゃないだろう」


 ジは仕事がない日にオランゼのところに来ていた。

 何も用事がなく遊びに来たわけじゃないのはオランゼも理解している。


 グルゼイの弟子になってから3ヶ月が過ぎた。

 当初は顔を腫らして仕事に来たジを誰かに暴力を受けているかもしれないとオランゼが心配していたが事情を話して誤解を解いた。


 まず訓練の大部分は体力づくりを占めている。

 当然剣も持たせてもらえず基礎的なことをやっている。


 体力不足は自身でも痛感していた部分なので不満はなく、ジも積極的に取り組んでいる。

 3ヶ月も続けていると子供の身体では体力が付くのも早く、早朝のゴミ処理の移動も速くなって余裕ができてきた。


 信用と金。

 少しずつではあるけれど積み重ねてきた。

 この2つを同時に、さらに、高める時が来た。


「それで何の用だ?」


 オランゼはちょうど休憩する時間だったのかついでにジにも紅茶を淹れてくれた。

 かなり普及してきたがそれでもまだやや高めなお値段のする紅茶をポンと出してくれる。


 オランゼとて紅茶は安い買い物ではない。

 しかし5人分を1人で行い、しかもクレームも今のところついていない。


 お茶ぐらい出すというものだ。


「2つ。


 2つ提案があって来ました」


 ビッと指を2本立てる。

 営業スマイルも忘れずに。


「いきなり訪ねてきて提案とはこれがここで働く他の奴だったらお茶も出さずに蹴って追い出している」


 オランゼは紅茶に溶かす砂糖を一杯増やす。

 普段は高級品の砂糖は少ししか入れないが頭を使いそうだとジの営業スマイルを見て追加した。


「その話、私にも聞かせていただきましょうか」


 ジが口を開こうとしたタイミングでメドが2階から降りてきた。

 時折メドとも顔を合わせるがどうにもジは嫌われているように感じていた。


 メドから直接嫌いと言われたのではないがクールを通り越して非常に冷たい印象を受ける態度でジに接していた。

 視線も冷たく言葉もどこか刺々しい。


 3人分の給与を持っていくのだから面白くないのも当然でそれぐらいの冷遇は甘んじて受け入れる。

 商会を思ってのことだとジも分かっている。


 カップを取り出し紅茶を淹れて砂糖を2杯。

 遠慮ない砂糖の使い方にオランゼが物言いたげな目をメドに向ける。


「メドが同席してもいいだろうか」


 いさめてもメドは引かないだろうことを分かっているオランゼはため息をつく。


「もちろんです」


「すまないな」


「ではまず1つ目の提案です。


 俺にもう2区画任せてみませんか」


 オランゼの表情が一瞬曇る。

 ジに任せる区画の拡大はオランゼも考えていた。


 条件やタイミングを考えていたところを先を越された形になる。


「1区画ごとに今と同じ条件で2区画。


 つまりは3区画を俺が処理します」


「それはふっかけすぎではありませんか」


 オランゼが口を出す前にメドが不快感をあらわにした。

 反応の早さを見るに無償で働くか金でも払うと言わない限りは反抗してきそうな速度に見える。


 現在の条件で2区画増えれば6人分、合計3区画で9人分もの給料を寄越せと言っていることになる。

 相当な高級取りになる。


 1区画3人分でも高いと思っているメドからしてみれば反発して然るべき。


「メド、待つんだ」


「ですがオラ……会長」


「俺は正直君の働きなら3人分は相応しいと思っているよ」


 オランゼの言葉にメドがムッとした表情を浮かべる。

 ジはメドに対してもっと淡白なイメージを持っていたのに感情が思いの外顔に出ている。


「他の区間は3人で回してるから君1人に変えられれば更なる拡大も容易になる。


 ただし事はそう単純に行かないんだ」


 拗ねたメドが砂糖をさらに紅茶に入れる。


 少しだけオランゼが悲しそうな顔でそれを見る。


「区画を広げるにも交渉や集積所の場所を考える必要があるし事前に区画の住民に利用の説明や契約が必要になる。


 他に働く人との兼ね合いもある。

 君だけ9人分の給料を貰っていると知れれば必ず不平不満が出る」


 貴族街でクレームなく少ない人数で事業を行えるならこれほど良い事はない。

 十分利益が見込めるために多少の出費は惜しくもない。


 問題はオランゼではなく他の従業員だ。

 メドですら不満を抱いている。

 他の従業員にもし知れる事になると事業に支障をきたすかもしれない。


 ジがどうやってゴミを処理しているのかオランゼは知っている。

 メドがこっそり後をつけてジの仕事ぶりを確認して綺麗になった後の集積所を見てオランゼも驚いた。


 クレームは何も集積所にある時だけが問題ではない。

 運んでいる途中の臭い、しみて垂れた液体や袋が破れ落ちたゴミ、ゴミを運ぶ馬車の騒音など様々。


 スライムに食べさせてしまうなどという思いつきもしない方法で短時間で完璧にゴミを処理してしまうのだから馬車もゴミを最終的に持っていく場所も燃やす魔法使いもいらない。


 3人分どころでない働きをジはしているが目の前で働きを見たメドも価値を理解していないことを考えるといくら説明をしても他の人が理解できるとも思えなかった。

 だから上手い落としどころを考えていたけれどまとまりきる前にジの方から提案されてしまった。


 ジだけに任せると仮に体調を崩した時などに代わりを立てるのが難しくなるなどの問題もある。


「仮に仕事をする区画を増やすにしてもこちらに準備する時間がほしいのと給料についてももう少し交渉する余地を貰えるか?」


「……分かりました」


 腕を組み目をつぶり考える素振りを見せる。

 あくまでも見せるだけ。


 こんな提案をしたけれど急かすつもりも答えを今出せと言うつもりもジにはない。


 今後の事業計画を立てる時にまだジもまだもう少し働けることを考慮に入れてもらおうと考えて先手を打った。

 1日中ゴミを処理して回るのは嫌なので高めの給料と3箇所を提示してそれ以上にならない制限をかけた。


「助かる。そう遠くないうちに返事はする」


「今も生活には困らなくなったのでゆっくりで構いませんよ」


 3人分の給料を受け取っていれば分かりきった話である。


「では2つ目の提案ですが、事業の改善案があります」


 メインの話はこちら。


「事業の改善だと?」


「はい。


 事業を改善する考えが俺にはあります」


「ちょっと待て」


 すっかり温くなった紅茶をオランゼは一気に飲み干す。

 全く考えていなかった提案に胸が熱くなり、自分の年の半分もなさそうな少年に緊張し始める。


 これまでも尋常じゃない提案をしてきたジだ、否が応でも期待してしまう。

 そして何がジの口から飛び出すのか不安すらある。


「聞こうか」


「いえ、待ってください」


「……なんだ」


「是非ともこれは商人ギルド仲介の特許契約魔法を交わしてほしいです」


「ちょっとそれはあなた……」


「メド……メド!」


 思わず立ち上がるメドをオランゼが言葉で制する。


 特許契約魔法は商人ギルドが仲介となって技術を守るために生まれた魔法。

 商人ギルドに技術を伝えて記録してもらう。


 特許として記録された技術は商人ギルドに保護される。


 特許として記録された技術を使うには商人ギルドで魔法で使用契約を結ばなければいけない。

 使用契約なく勝手に技術を使えば商人ギルドからペナルティを課される。


 魔法を使うこともあり特許にしたい内容によってはギルド側に拒否されたり利用料がかかるので気軽に利用できる制度ではない。


 よほど重要な技術内容かあなたを信頼していませんという意思表示か。

 子供が噂で聞いて提案するものでない。


 メドは侮辱されたと感じた。

 オランゼもジ相手でなければ怒っていた。

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