弟子にしてください2
ジだからよいものの子供に剣を向けていては建設的な会話は望めないだろうに。呼吸が苦しくなるほどの殺気もいただけない。
聞くつもりがあるのかないのか。
「オーランド……」
殺気が弱くなる。しかし切っ先はジののどに向けられたまま。
「グルゼイ・オブレシオン」
男の名前を口にすると再び殺気が強くなる。ころころと殺気の強さが変わり面白いまでもある。
「オーランドとはどうやって知り合った。目的は何だ。それにさっきはどうやった」
「質問が多い……」
「さっさと答えろ!」
大人げない叱責。
「2年前にたまたま出会って世話になった」
目を見るとグルゼイから余裕が感じられない。
このままなめた態度をとっていると本当に殺されかねないのでちゃんと答える。
「……まだいるのか」
「半年前にふらっとどこかに行ってしまったよ」
半年前ならグルゼイはまだここに来ていない。連絡手段が無いからすれ違う可能性も高い。
いないとなれば確認しようもない。
「俺が知るあいつはガキが嫌いだった。お前みたいな生意気そうなガキは特にな」
知ってる。だから子供を欲しがられるのも嫌で独身を貫いてると聞いた。
「それは知らなかった。でも足が悪く暴漢に襲われてたところを助けてくれた相手を無下にはできないだろ」
情報は出来るだけ小出しに。持っているカードは多くない。
「あいつは……元気だったか?」
ジの返事を聞いてグルゼイの態度が軟化する。
あったこともなければ知りえない情報。
特にオーランドの足が悪いことは本人も隠そうとしてたらしいので長く一緒にいたか信頼でも置かれていないと知ることは難しい。
「最後に見た時は」
「そうか。他に何か言ってたか」
「別に伝言を託されたんじゃないから伝えることはないよ」
「そうか、まあそうか。ではなぜ俺に会いに来た?」
グルゼイが剣を下ろす。剣を納めないあたり警戒を完全に解いてはいないのがうかがえる。
「俺に剣を教えてください……俺を弟子にしてください!」
ジに頭を下げられ、予想外の言葉を叫ばれたグルゼイはギョッとした顔をする。
散々グルゼイが叫んだものだから周りも面白半分、うるさくて迷惑半分で2人を見ている。
目的はグルゼイの弟子になること。弟子と思われなくても剣を教えてくれればそれでよい。
「帰れ。俺は弟子を取らない」
「待ってください! タダでとは言いません」
「金なんて俺はいらな……」
「こちらをお受け取りください!」
差し出したのは家から持ってきたビン。ちゃんとラベルが見えるようにしながら両手を添える。
グルゼイの反応は予想済み。弟子にしてくれるまでグルゼイの元に通い詰めることも考えたがそんな時にふと思い出したのだ。
「それは……!」
ラベルを見たグルゼイの顔色が変わる。ジから奪い取るようにビンを受け取るとフタを開けて手のひらに垂らすとややとろりとした琥珀色の液体が溜まる。
ビンの中身は蜂蜜酒。手のひらを舐めるように蜂蜜酒を味見してグルゼイは深く息を吐いた。
何しろ蜂蜜酒はグルゼイの大好物。特に甘さが強いもので産地にハーブがあってほんのりと蜂蜜酒にハーブの香りが乗っているものに目がない。
この国にはハーブの香りのする蜂蜜酒はないので外国産の輸入物になるので手に入りにくく非常に値が張る。ラとエに餞別を贈った残りで到底買える金額じゃなかった。
だからジは平民街ではなく貴族街のゴミ処理を望んだ。
貴族だろうと平民だろうと金の管理には厳しいが1枚銅貨が無くなっただけで騒ぐ平民と違って貴族がお金で騒ぐ様を見せるわけにいかない。
いかに気をつけても人のやることに完璧はない。
極々稀にゴミの中にお金が混じってしまっていることがある。
袋を回収して燃やしているのでは気づくべくもないけれどジは違う。
そもそも金属類が捨てられることは少ないから最後に溶かすようにフィオスを訓練しておいた。
訓練が偶然、本当に偶然実を結んだ。折れ曲がってしまったスプーンとか壊れた燭台に混じって何枚かの銅貨と1枚の銀貨が手に入った。
ジも我ながら運がいいと思う。
結局蜂蜜酒の支払いで銀貨はまるまる無くなってしまったが使うべき時に金は使うものだからしょうがない。時間の方が惜しい。
「むっ……」
ちょっと口髭でも触っている風を装い手に蜂蜜酒を垂らしては舐めを繰り返しているグルゼイはジが見ていることをやっと思い出した。
呆れ顔を表に出さなかっただけジは偉いものである。
差し出されたものとはいえ子供の手から奪い取るようにしてコップも使わず蜂蜜酒を堪能した。
体面が悪いったらありゃしない。
「うぉほん! 中々の代物だが悪くない。しかし覚悟がいるぞ。どんなことにも耐える覚悟が。お前は何のために剣を覚えたいんだ」
中々だが悪くないとは何だ。
受け取ってほしいとは言ったがその場で開けて飲むとは思いもしなかった。
グルゼイも放蕩生活が長く久々の上質の酒に我慢ができなくなった。好物中の好物。一口舐めて涙が出そうな旨さ。
受け取って口にしてしまった以上はこれで帰れとは言えなくなった。
「守りたい人がいるんです。力がないからと諦めて、そして後悔する。そんなのは嫌なんです」
「女か?」
「はい」
「どんな子だ?」
「燃えるような真っ赤な髪の子でいつも明るくて、元気で、みんなに優しくて」
心の中でエに謝る。恥ずかしさでジの顔も熱くなる。もちろん守りたい対象にエも含まれる。
当面の目標はラを救うことだからラの方を言ってもよかったがグルゼイは蜂蜜酒と同じぐらい人の恋愛話も大好きなのだ。
元々エのことを出して話すつもりであったけれどいざ口に出してみるとものすごく恥ずかしい。
逆にグルゼイはそんなジの態度を見て真実味があると判断する。
思わないところでリアリティが出たので結果良かったがもう二度とこんなことはしない。
恥ずかしい思いまでしたのだ、ここで引くこともできなくなった。
「その子は近くにいるのか?」
「今は王国に……」
「なるほどなるほどなるほどなるほど」
蜂蜜酒が好きなのに超がつくほどの下戸のグルゼイはペロペロと舐め続ける蜂蜜酒で酔いが回りつつある。
いうほど量も摂取していないはずなのに目が据わってきている。
気分が良くなってきたグルゼイの中ではジとエの恋愛ストーリーが展開されつつあった。
もう好きなようにしてくれ。
「俺には女を守りたいという気持ち痛いほど分かる。よしよし、その心意気、気に入った。お前……」
うんうんとうなずくグルゼイ。
「ジです」
「ジはグルゼイ・オブレシオンの唯一最初にして最後の弟子になる。明日……また来るといい」
グルゼイは最初瞑想していたところに座り込むと蜂蜜酒のビンを抱えたまま寝てしまった。
姿勢は瞑想していた時と変わらないから経緯を知らなきゃ瞑想しているように見える。
酒を持っているから盗まれる危険もあると心配はある。ただし心配すべき相手は盗む方。
人の物を盗もうとする奴がどうなろうとジの知ったことではない。グルゼイにまた会いに行って周りが血の海では訓練するにも気分は良くないというだけ。
紆余曲折あったが弟子になることはできた。
酔っぱらっていたから記憶の行方が心配なところもあるものの周りも聞いていたのでいざとなったら面白半分で様子を伺っていた人たちを味方につければよい。
ひとまず今できうる限りの準備は整った。あとは未来を変えられるように努力していく。
最終的には酒の力を借りたが弟子になりたいという気持ちは本物なので寝ているグルゼイに頭を下げる。
「おやすみなさい、師匠」
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